「息苦しい子育て」の原因は、日本特有の「世間」にあった!?

2019/06/20

子どもをどこかに預けて、ママだけで出かけるのは控えるべき(という周囲からの厳しい視線)。常に母であり続けなければいけない(というプレッシャー)。個人ではなく「○○ちゃんのママ」と呼びあう(ことを強いてくるママ友たち)。

……子育てをするなかで、さまざまな息苦しさを感じているママたち。その原因の大半は「世間」の仕業であり、世界中探してもほぼ日本にしかない、と提唱するかたがいます。現代評論家・九州工業大学名誉教授の佐藤直樹氏です。今回は同氏が考える「世間学」を通じて、子育てにおけるママたちの息苦しさを解消する方法を探ってみます。

(取材/みらいハウス 野際里枝、文/みらいハウス 片岡綾)


教えてくれたのは…佐藤直樹 氏
1951年、宮城県生まれ。現代評論家・九州工業大学名誉教授。専門は刑事法学、現代評論、世間学。1984年九州大学大学院博士後期課程単位取得退学。1991年英国エディンバラ大学客員研究員。「日本世間学会」幹事。著書に『犯罪の世間学-なぜ日本では略奪も暴動もおきないのか』(青弓社)、『目くじら社会の人間関係』(講談社+α新書)などがある。

日本特有の「世間」を考える「世間学」

問題を抱えた人の頭のシルエット。
tadamichi/gettyimages

――先生が提唱される「世間学」とは、どういったきっかけから始まったものなのでしょうか?

「世間」とはある種の人的関係のありかたを指す言葉ですが、日本特有の概念といってもいいでしょう。いちばんわかりやすいのは、2011年に起きた東日本大震災のときの事例です。海外のメディアでは、被災地で略奪も暴動も起こらなかったことが、驚きをもって報じられました。震災などの非常時では法のルールは吹っ飛びますが、日本には「世間」のなかに非常に細かいルールがあって、日本人はそれに従って行動するため、大規模な略奪や暴動が起きなかったと考えられます。

「世間」を理解するうえで、もうひとつわかりやすい例をあげれば、日本人は裁判を嫌うということ。アメリカは訴訟社会ですが、日本は「世間」のルールで解決することを第一に考えるのです。「裁判になると世間体が悪い」といいますが、紛争を「世間」の外側に持ち出すことになるからなのです。

私は刑事法学を学ぶなかで、家族間で起きる不幸な事件の数々も原因をさかのぼれば、この「世間」にたどり着くと気づき、1999年に歴史学者の阿部謹也さん(故人)たちと「日本世間学会」というプロジェクトを立ち上げて、「世間」のありかたを探求する世間学の研究を始めました。

ママたちを苦しめる「世間」のルール

側面図、彼女の手で顔を覆っている、落ち込んでいる女性の肖像画
triocean/gettyimages

――そんな日本特有ともいえる「世間」には、具体的にどのようなルールがあるのでしょうか?

日本の「世間」には、大きく分けて4つのルールがあります。1つめは、「贈与、互酬」のルールです。お中元、お歳暮、ほか日々の暮らしのさまざまな場面で頂き物をしたら、必ず「お返し」をする、ということです。2つめは、「身分制」のルール。年上・年下、先輩・後輩、格上・格下など常に上下の序列にとらわれています。

3つめは、「共通の時間意識」のルールです。みんなで同じ時間を共有しているから、私とあなたも同じであるべきという意識で、そのなかで異質なもの、出る杭は打たれます。いま小学校の運動会では、同じくらいのレベルの足の速さの子どもを集めて徒競走させるなど、差が開きすぎないように工夫することもあるそうです。そして最後の4つめは、「呪術性」のルール。俗信や迷信の類がきわめて多く、それに縛られている日本人は多く存在します。


――「世間」のルール、たしかに4つとも心当たりがあります。

2つめの「身分制」は、とくにママたちとの関係が深いかもしれません。インドの古い階級制度にカーストというものがありますが、現代日本のママたちの間にも、ある種の階級制度はありますよね。いわゆる、「ママカースト」というものです。夫がどういう仕事をしているのか、住まいは賃貸か持ち家か、一戸建てかマンションか、タワーマンションに住んでいたら高層階か低層階か……など、ママ友との間で常に格上・格下という階級を気にしながらではないと生きていけない人は一定数います。


――ママカースト、たしかにありますね……ちなみに、そういった考えはいつごろ生まれたのでしょうか?

1970年代ぐらいまでは、中間層の比率が高かったので、他人を現在ほどは気にしなくてすんだのです。ところが、現代社会は中間層が減り、家庭ごとの経済状況の差があからさまになり、いわゆる「格差社会」となりました。この現代の格差社会と「世間」が組み合わさって、ママカーストを生み出していると考えます。

「我が子はかわいい」という母性愛神話と同調圧力

病院で彼女の生まれたばかりの赤ちゃんを持つお母さん
kieferpix/gettyimages

――母性愛にも「世間」が深く関係していると聞きました。

「自分の産んだ子どもは、かわいいと思わなければいけない」という母性愛は、私にいわせれば思い込みでありナンセンスです。子どもは親とはまったくの別人格ですから、相性のよし悪しがあって当然。「我が子をかわいいと思えない自分が悪い」と母親が自分自身を追い詰めていくケースがありますが、それも「世間」の同調圧力といえます。

そもそも、母性愛が喧伝されるようになったのは、19世紀初めぐらいのこと。ヨーロッパで産業化が進み、「母親は家にいて子どもを育てる、父親は外で働く」という性別役割分業をおし進める必要があったためです。そのために母性愛が強調され、「乳幼児期は母親が育児に専念したほうが子どもの成長によい」となったのです。

日本では1960年代に、J・ボウルビィの『母性剥奪』理論にもとづく「3歳児神話」によって、「母性愛」の重要性が強化されました。3歳までは母親が側にいて世話をしないと、子どもが問題行動などを起こすという考えなどです。これが広まったことで、「子どもがグレたのは、母親の愛情がたりなかったせいだ」と非難する「世間」が生まれたわけです。ただし彼の書物をよく読むと、3歳まで育てる存在を母親と限定しているわけではない。愛情をもって接してくれる人ならば誰でもよいのです。

フランスの社会学者であるエリザベート・バダンテールも、『プラス・ラブ―母性本能という神話の終焉』(サンリオ)という本のなかで、「母性愛」は本能などではなく、母子のふれあいの中で育まれる、としています。彼女は、18世紀までのフランスでは、母親は子どもを産むと自分で育てずに、ただちに里親に出す慣行があった、といっています。つまり、母性愛は女性が先天的にもつ本能とはいえない、というわけです。

「世間」に潰されないのは「出過ぎた杭」

アジアの女性
miya227/gettyimages

――いま思えば不思議なのですが、私も「子どもを産んだら、自然と母になれる」と無意識に思っていました。しかし実際のところ、子育ては本能ではなく実践の中で学んでいくものだと徐々にわかってきています。

「子どもを産んだら、自然と母になれる」という考え方は、親と子の一体化を招き、個人として認めあえなくなる事態にもなります。その結果、親が子どもを所有物化してしまい、虐待が生まれ、経済的、精神的に究極まで追い詰められた場合に、心中という道を選んでしまうこともある。また日本では、成人した子どもが犯罪を起こした場合に、「世間」は親の責任だとバッシングをします。欧米では同じようなことがあると、親に対して激励の手紙が届いたという実例もあり、とらえかたがまったく違いますよね。


――「世間」からの同調圧力に苦しむ母親は多くいると思います。その苦しみから解放されるためには、どうすればいいのでしょうか?

防御策は、まず「無視」すること。さらに、「世間」の同調圧力に対しては、「水を差して冷ます」ことです。

「世間」は“みんな同じである”ことを強いる概念です。そして世間を構成する“みんな”は「世間体」と言い換えることもできるでしょう。この世間体に取り込まれてしまうと、理不尽だったり、苦しい思いをしたりすることになるのです。だから、“みんな”から脱却して、「世間」に対して“個人”であることを示さなければ、いつまで経っても息苦しさは解決しません。

みんなといっしょでない自分が悪いのではなく、それを強いてくる周りがおかしいのだと、受け止め方を変えるのです。さきほど「世間」を構成する4つのルールのなかで「出る杭は打たれる」と説明しましたが、じつは「出過ぎた杭」は打たれないのです。「世間」に振り回されず、「個人」として生きる努力をしてください。



【取材・文】
みらいハウス 野際里枝
東京・足立区にある育児期の女性支援拠点「みらいハウス」のライティングメンバー。育児にまつわるさまざまな取り組みをしている人や、地域をつなぐ人にスポットをあてて紹介していきます。2児の母。

みらいハウス 片岡綾
東京・足立区にある育児期の女性支援拠点「みらいハウス」のライティングメンバー。「食べるために生きる」をモットーとし、食関連の執筆を中心に、女性のエンパワメント活動などに取り組んでいます。1児の母。

構成:サンキュ!編集部

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