人生折り返し地点。「変化」を恐れない自分になった!カリスマ主婦のその後の暮らし

2021/03/25

創刊したての『サンキュ!』に節約テクを投稿したのがきっかけで一躍カリスマ的人気読者に。エッセイ集など著書を相次いで刊行したのちに主婦業と子育ての合間を縫って心理学を学び、現在は心理カウンセラーとして活動しています。『サンキュ!』デビューから25年。48歳になった若松さんの「今」の暮らしを取材しました。

<教えてくれた人>
若松美穂(わかまつ みほ)さん
1972年8月8日生まれの48歳。宮城県牡鹿郡女川町出身、埼玉県在住。夫(48歳)、長女(24歳・会社員)、二女(20歳・大2)、実母(76歳)の5人家族。大学卒業後、化粧品メーカーに就職し販売員に。23歳で退職後、専業主婦に。公式サイトは「"いま"と"みらい"のへや」。「サンキュ!STYLE」webで「輝く50代に向けて…30~40代でやっておきたいこと」を連載中。

25年前は、長女を出産したばかりの23歳。編集部への投稿が、私の人生を変えました

『サンキュ!』は普通の主婦だった私の人生を大きく広げてくれた存在です。
読み始めたのは新米主婦時代。巻末のとじ込みハガキに節約テクの募集を見つけ、私も応募しようと書き始めたらハガキにまったく収まらず(笑)、便箋3枚にびっしり書いて投稿しました。それがきっかけで編集部とつながることができ、やりくりや収納の特集などで度々取材していただきました。 
書籍やブログなどでも暮らしや節約の自己流の工夫を発信するようになりましたが、30代半ばごろから「根拠があることを発信したい。そのためには学ばないと」と決意し、心理学の勉強をスタート。39歳で心理カウンセラーの資格を取り、今はそれが仕事になりました。

23歳

結婚し専業主婦に。入社1年目の夫の給料でやりくりする面白さに目覚める。『サンキュ!』を読み込むうち「編集部とつながってみたい」という思いが生まれ、投稿をスタート。左は長女。

34歳

何度も表紙を飾ったうちの1冊、2006年10月号。当時は編集部の取材チームが若松さんの自宅を頻繁に訪れ、節約術や暮らしの工夫を取材していた。

50代までカウントダウン 暮らしが変わる。私も変わる 

20歳の二女と。

『サンキュ!』デビューから25年たち、48歳に。家族の状況も様変わりしました。最大の変化は娘2人が成人したこと。これは私にも大きな節目で、家族のために頑張る毎日から、自分の仕事や好きなことに時間を使えるようになりました。私自身も少しずつ変わり続けています。

私にとっての娘と母、関係性が変わってきた

高校までは勉強や部活、友人、恋など自分のことで必死だった娘たち。親の私にはつれない態度だったのに、大学生になったころからやさしくなり、感謝もしてくれます。母は元美容師。自分の店「チェリー美容室」を切り盛りする姿から多くを学んできました。そんな母は東日本大震災で被災し、思いがけず同居することに。心理学で学んできたことが、心に傷を負った母を支えるときにも役立っています。与えてもらう一方だった私も、少しは母の力になれているのかもしれません。

自分を変えたくて学んだ心理学が仕事になった

昔は「こうすべき」「~ねばならない」という思い込みに縛られがちで、そこから自由になりたくて心理学を学びました。するといろいろなことがラクになり、「こう考えるといいよ。やってみて!」と人と共有したくてカウンセラーの道に。フリーランスで活動しながら、アドラー心理学やカラーセラピーなど、今も学び続けています。今は感染拡大防止対応で、オンラインでカウンセリング。場所を問わないから、九州のクライアントもいます。

生前整理、ちょっとずつ始めました

人生の半分を過ぎたこれからは、物を買って増やすより使わない物や似合わなくなった物を減らし、残した物で身軽に生きたい。そう考えてまず私のクローゼットを整理しました。

欲しくて仕方なかった「1人の時間」が、今はたっぷりある

部活や塾など娘たちの送り迎えも2年前に卒業。家族は仕事や学校で家にいないことが多い一方、私は家で1人で過ごす時間が増えました。これが楽しくて。夜はスマホゲームをしながらお気に入りの缶入りハイボール(ロング缶!)を1人飲み。今のところ「空の巣症候群」とは無縁です。

学べば「変化」が怖くなくなる

節約主婦の読者モデルもいつか終わりが来ると思っていました。状況が変わる前に先手を打とうと、興味があった心理学と文章の書き方を学び始めました。そうすることで次に進む心づもりができ、「変わることは怖くない」と考えられるようになりました。

ある平日のスケジュール

7:00 家族が家を出る
7:30 起床、着替えとメイク、家事、朝のコーヒータイム
9:00 メールチェック、仕事開始(オンライン講座の準備など)
10:00 講座開始
12:30 講座終了、片づけ、ブログを書くなど仕事
13:30 昼食
14:00 母と散歩
15:00 休憩。時々お昼寝という名のリセット
15:30 仕事再開(記事を書く、メールチェックなど)
17:30 買い物、料理、その他
19:00 ゆったりタイム(晩酌しながら夕食、スマホゲームなど)、合間に家事
20:00 入浴、片づけ、翌日の準備
20:30 夫と娘たちが順次帰宅
23:00 読書、ネットなどをしつつ就寝

76歳の母と。

自分を縛る「ルール」を減らし中。だから深夜のつけ麺も解禁

まじめでマイルールが多かった私も、50歳が近づくにつれ自由に生きたいと思うように。体形管理も今は「少しくらい太ってもいい」とゆるくして、たまに夜中につけ麺も食べちゃいます。

恥ずかしいけど本棚を少しだけお見せします

子どものころから本が好き。仕事柄、心理学やコミュニケーション、子育てなどに関する本が多めです。個人的に読む本も、生き方をつづったエッセイや自己啓発系の本をつい選んでしまいます。こう見ると仕事と趣味が一致してますね。

人生最後のロングヘアを楽しんでいます

洗ったらすぐ乾かすという母の教えを守っているおかげで、髪はよく褒められます。でも年とともに髪質が変わり、まとまりにくく。ロングヘアは卒業間近と思うと、手入れの時間がいとおしくなります。

娘2人は成人し、子育ては終盤。今のわが家は大人の合宿所みたい

平日夫と長女は外で仕事、二女は大学やバイトで帰宅時間はまちまち。前は家族全員で食べていた夕食も、今はバラバラです。おかずは1人分ずつ盛りつけ、好きな物を選ぶ食堂方式に。家族が予告なく外で食べてくる日もあるので、私の分は作らず残った物を食べます。

東日本大震災から10年。ふるさとの女川を歩いて思ったこと

私が18歳まで暮らした宮城県女川町は、東日本大震災で大きな被害を受けました。親戚や同級生など身近な人が津波に流され、父もまもなく亡くなりました。あれから10年。町の景色は変わり、生き残った母も、そして私自身の思いも、少しずつ変わっていきました。

発想の原点が、「生きてるだけで最高だよね」になった

育った家や街が流れ、大切な人たちを一度に失う経験を経て、自分が死なずに生きていることは奇跡だと気づきました。それまでは「もっと○○ならいいのに」とあれこれ望んでいたけれど、今は生きてさえいれば充分と思っています。

2011年3月12日

© 朝日新聞社/ゲッティ

2021年

同じ場所から撮影。商店や住宅がすべて波にさらわれ更地になった土地に再び道がつくられ、電信柱が立った。山の形だけが変わっていない。

亡くなった人との楽しかったときの思い出が、自然によみがえってくるようになってきた

父は故郷の女川を愛し誇りにしていました。それを震災ですべて失い、失意のうちに他界。そんな父が気の毒でならなかったけれど、徐々に「家族を大事にして仕事にも一生懸命だった。父の人生全部が不幸なわけではない」と思えてきました。死よりキラキラした思い出に目を向けると、父の死への無念の思いが「ありがとう。楽しかったね」という感謝に変わりました。

心理学を学んでいてよかった。「喪失」を心でどう処理するかがわかったから

大事なものを失った喪失感から立ち直るためには、まず現実を受け入れること。これは心理学で学んだことの1つです。思いきり泣いた後「起こったことは変えられない。ならば目をそらさず現実を受け入れよう」と決め、母にもそう伝えました。そこから次第に「前に進もう」と思えるようになりました。

大切な何かが突然奪われる。今後もきっと起こるから、「執着しない練習」をしています

災害に見舞われたり病気になったり、つらいことはこれからもきっと起こるけれど、とらえ方しだいでよりよい方向に進んでいけるはず。困ったときはいつも「どうとらえる?」と自分に問いかけて、今の状況にこだわりすぎないよう、心をトレーニングしています。

参照:『サンキュ!』2021年4月号「人気読者に会いに行く」より。掲載している情報は2021年2月現在のものです。撮影/久富健太郎(SPUTNIK) 取材・文/神坐陽子 編集/サンキュ!編集部

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