【連載】熟れすぎMANGO VOL.113

2017/09/26

「「夫婦」を楽しむちはるのスーパーポジティブY談」をお届けします。

腹黒い女

「あいつ可愛いんだけど腹黒いとこあるんだよなぁ」バンド仲間のおっさんたちは酒が入ると女子会並みに陰口をたたく。アラフォーで定職にもつかず、いまだに音楽で一発当てたいと夢
見る夢男ちゃんなくせに、自分にツレない女に対しては異様に厳しいのだ。

 彼らが話題にしている「腹黒い女」は私も知っていた。まだ数回しか会ったことはない、地方で地道に音楽活動を続けているシンガーソングライターだ。20代後半の彼女は、歌い手
の割に自己主張も前面に出さず、いつも小首を傾げて人の話をフムフムと聞いているよう、
ふんわりとしたイメージの女の子だった。

「女は基本、腹黒いもんでしょー」と軽く返す私に「いやいや、あいつの腹黒さは天下一品
だよ!」と唇を尖らせて反論してくる。陰口は別に嫌いじゃないので、とりあえず話を聞いていると、まあくだらない。なんでも、自分が紹介した音楽仲間といつの間にか妙に仲良くなっており、いなばのしろウサギ級に次々と交友関係を飛び越えているという内容だった。おっさんたちは口々に「分かる分かる!」と同調し合い、自分も同じような目にあったと女々しい酒を酌み交わしている。言い出しっぺのおっさんと彼女はちょっとあやしい時期もあったし、他のおっさん達も自分だけを頼ってくれる受け身な彼女でいて欲しかったのだろう。その夜はおっさん達に付き合い女々しい酒を楽しんだ。

 それからしばらくして、彼女から頻繁に連絡がくるようになった。LINEなどで、「お元気ですかー?」「真っ青な空を眺めていたら、ちはるさんを思い出しました♪」「来月、東京に行くので是非お会いしたいです!」などなど。

 人なつっこい文面や写真などが届き、同性でもまんざら悪い気はしない。ほっこりと連絡を取り合っているうちにいつの間にか彼女が東京に滞在する間、家に泊まる約束になっていた。彼女の東京でのライブにも音楽に詳しい友達と連れ立って遊びに行った。馴染みのBARにも連れて行き、自分を慕う可愛い後輩だと紹介する。彼女はいつも私の話を熱心に聞き、「ちはるさんと話すと本当に勉強になります!」と微笑んだ。

 たまに元気がない時があって、「東京は田舎者には忙しくてちょっと疲れます」とか「私は人に誤解されやすいとこがあるから…」などとこぼされると、なんだか気の毒に思い、私が守ってやらねばと思ったりした。

 多分、ここまで読んで、勘のいい方は分かるだろう。そうやって私が彼女に対して親身な気持ちが増えるほどに、彼女は私を攻略していった。ふと気がつくと、彼女の都合に振り回されている自分がいた。「来月は1週間ほど東京に行くのでまたお願いしまーす」そんな連絡をもらい、都合もあるのでちょっと放置していると、私が紹介した知り合い経由で探りが入るのだ。「彼女、泊まるとこ困っているみたいだよ」「彼女のライブにちはるさんと是非!って誘われたけど、一緒に行く?」といった具合だ。そのくせ、こちらが誘っても自分の都合は一切曲げず、秘密めいたところも多かった。だんだんと彼女との関係が面倒くさくなってきて、彼女を避けるようになってしまっていた。

 バンド仲間のおっさん達と浅草で久々に飲み会を計画していた。鰻を食べてロック座でストリップを観て、下町飲みでワイワイやろうといった会だった。メンバーの一人が遅れて参加してきて、その傍らに彼女がいた。その週、彼女が東京に来ていることは知っていたが、忙しいからと会うのを避けていたので、少し気まずかった。酔いも進んでいたので、「おお、腹黒い女の登場~!」と、おどけたら、今までホロ酔いで騒いでいたおっさん達は水をぶっかけたように静まり返り、彼女は一瞬顔を歪めたが、そのあと、いつものようにふんわりと微笑んだ。
「腹黒い女は私だ」と痛感する微笑みだった。

文/ちはる

ちはる テレビ、CF、著書の企画、 プロデュースなどで活躍中。2012年、14歳年下の旦那くんと再婚。目黒でカフェ「チャム・アパートメント」を経営。

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