市販女性誌 販売部数NO.1『サンキュ!』編集長が語る 出版不況を生き抜く5つの秘訣
2019/04/02
2018年上半期ABC協会調査で、市販女性誌NO.1*に輝いた主婦雑誌『サンキュ!』。出版不況のあおりを受け、休刊やwebへの軸足転換が相次ぐ中、その成功策はどこにあるのでしょうか。創刊23年を迎え、今や名実ともに主婦雑誌の老舗となった今、そのオリジナルな読者の心のつかみ方や、これからの雑誌としての生き残り術を飯塚編集長に伺いました。
*日本ABC協会発行「ABC REPORT 雑誌 発行社レポート2018.1~6」掲載データより「女性誌」に区分される雑誌の書店売りの2018年1~6月の平均販売部数の比較。定期購読誌を除く。
1 節約情報が不人気に?データ分析で主婦の異変をキャッチ
———出版不況という現状は主婦雑誌も例外ではないと思います。その中で勝ち抜いてきた理由はどこにあるのでしょうか?
いちばんは、主婦たちの気持ちの変化にいち早く気づいて誌面に反映させた、ということです。世の流れをキャッチして、主婦誌の主流だった「節約情報」から一歩先に抜け出せました。
デフレが長く続いた過去は、節約というと、あらゆるものを我慢して、1円でも安いものを買って……という、マニアのための節約術みたいなものが人気でした。水を入れたペットボトルをトイレのタンクに入れる、とか聞いたことありませんか?
でもそういった企画が、だんだんと読者に響かなくなっていったんです。
———響かなくなったと、それはどこで実感できたのでしょうか?
まず第一には、目に見える数字としての表れです。
創刊当初から変わらない『サンキュ!』独自の誌面作りの大きな特徴に徹底的な読者調査があります。
毎月企画立案のための調査や、発行後に企画の良しあしの確認にご協力いただくモニターやブロガー、インスタグラマーなどを約3,500名組織しています。さらに毎号の読者アンケートも1,000名以上から返ってきます。この「リアルな読者」の声を毎号くまなく、編集部全員とマーケティング担当者で分析・共有することで、過去とは違う小さな異変も気づけるんです。
2 食費2万円のお宅に名品が! 家中開けまくる現場取材で、今どきを知る
———では具体的に、読者である主婦たちはどのように変化したのでしょうか? 節約に興味がなくなってしまったのですか?
具体的なやりくりの解決提案よりも、ライフスタイルそのものに意識が向き始めました。
時代とともに共働き世帯が増え、現在その数は読者の7割を超えます。忙しい、時間がない、でも豊かに暮らしたい。ただ節約したいのではなく、節約によってもたらされる、理想的な「暮らしの提案」が必要になってきたのです。
それを実際に読み取るのが、読者と会って話をする取材です。
『サンキュ!』の取材は、しつこいくらいに細かいとよく言われますが、訪問時には「冷蔵庫、押入れ、通帳や家計簿」を見せてもらうようにしています。モニターやインスタグラマーの方たちにインスタントカメラをお渡しして、インテリアや冷蔵庫、押入れの中など、自由に撮影をお願いするということもやりますね。インスタグラムのフィルターを通したものとはまた違った、生活のリアルな景色が見えるんです。
そうしたリサーチを重ねる中で「あれ、この人は食費2万5000円でやりくりしているのに、ダイニングにルイスポールセン(北欧の名作といわれる高級照明)がある……」とか、世の中でいわれていた「主婦=1円単位の節約」の流れとの違いを肌で感じるんです。
データの数字と実際に読者に会って気づく肌感、その両方を積み重ねてきたからこそ、読者の変化に気づくことができたのだと思います。
3 ものを買わない世代を、あえてターゲットに
———ものを買わないといわれる「ミレニアル世代*」が多く読者にいるのも大きな特徴だそうですね。
(*主に1989〜1995年生まれの平成初期の世代を指す)
常に新規読者は必要ですから、ものを買わない、雑誌を買わないといわれる若い世代でもとりこぼさないよう意識しています。ミレニアル世代のキラーコンテンツは、やはり節約ですが、昔の節約とは違う。人生100年時代に将来の不安が大きいが、ファストファッションや100円均一など、安くてよいものが当たり前に手に入ってきた世代なので、求められているのは1円単位の節約術ではありません。
「将来に備えて優先順位をつけよう」というマネープランや、100円のキッチンスポンジから北欧家具まで、物も情報も「私はこんな理由でこれを選んだ」というセンスや価値観。今のミレニアル世代が求めているのはそういった選択眼やスタイル提案だと思います。節約も毎日の食事作りも、その目利き力やセンスが問われる時代なんです。
共働き世帯の増加により、可処分所得も上がっているので、先ほどの北欧の照明の例と同じように、ただ節約するのではなく、締めるところは締めて、そのぶん自分の好きなものにお金を使おうとメリハリをつける人が増えています。なので、節約を「目的」とせずに、理想的な暮らしのための手段として「自分の大切なものを探しましょう」という提案をするようにしています。
4 雑誌を雑貨に。プロダクトの魅力を付加する
———面白いコンテンツをつくっても、「雑誌をレジに持っていく」ハードルの高さは各社が頭を抱えていることではないでしょうか。
無料の情報がたくさんある中で、あえて「有料の情報」を求めてくれる人へのメリットは念頭においています。
ただ情報を届けるのではなく、書き込み式のノートや取り外して持ち運べるレシピ、冷蔵庫に貼れる味噌汁バリエ表など、一冊まるごと使いこなせる「もの」としての雑貨的な付加価値は常に意識していますね。
さらに、これを読んで、使うことで、どんな「ゴール=理想的なすてきな暮らし」がもたらされるのか、という世界観からもアプローチしています。
『サンキュ!』を買って家事のモチベーションを上げようとか、やる気を出すために買おうという読者も多いんです。そういう一歩先の自分を手に入れる動機づけを、雑誌が担っているのかもしれません。
5 リニューアルはしない。読者の変化に徹底的に合わせる
———表紙モデルをはじめ読者が多く登場します。その狙いは?
読者をひきつけるのに、大切なのは「共感力」だと感じています。
等身大の公式ブロガーや読者を積極的に起用し、すてきな一面を見てもらうことで「私もちょっと頑張ったらこうなれそう!こうなりたい!」「わかる!私もそう思う!」と思ってもらえるのではないかと。
モデルのようにすてきに見える、でも身近な存在である読者の存在と共感できるキャッチーコピー。一歩先ではない、半歩先を行くような、手の届く憧れ感へのさじ加減は大切にしています。それが、私もやってみよう!というモチベーションにつながりますから。自分も変われると実感できると、継続的なファンになってくれる気がしています。
実は『サンキュ!』は、この23年間、大きなリニューアルを一度もしていません。その時々のリアルな「今」に徹底的に合わせながら、新しい切り口や提案を見せることで、毎号小さな変化を繰り返してきました。これからも、新しい読者を取り入れながら、昔からの固定読者も離さない『サンキュ!』であり続けたいと思っています。
新しい試みとして、アプリ『totonou(ととのう)』を3月28日にリリースしました。
忙しくて身の回りが整わない!という人たちに向けて、1日3回読むだけで、暮らしを整えていく読み物アプリです。誌面を読んで「がんばろう!」と思ってくれている人を、さらに新しい方向から、全方位で主婦を応援する仕組みになればと願っています。
プロフィール
飯塚真希(いいつか まき)
創刊2年目より『サンキュ!』編集に携わる。姉妹誌や食育雑誌の編集も経験し、『サンキュ!』副編集長を経て、2017年より現職。編集長となった今も、連載ページの担当を持ち、読者層と近い家庭へ頻繁に訪問を心がけるなど、常に「リアルな読者の感覚」を大切にし続けている。
(撮影/田村昌裕、取材・文/藤沢あかり)