氷の上のスピンを仕上げ

1着数十万円!? 羽生選手の“手袋”はちょっと特殊?フィギュアスケート衣装の気になるポイントを専門家が解説

2022/02/04

2022年2月4日から開幕する北京2022冬季五輪。数ある競技のなかでも、メダル獲得への期待がとくに高いのがフィギュアスケートです。五輪開幕当日の午前9:55(北京現地時間/日本時間10:55)に始まる「団体戦の男子シングル ショートプログラム」を皮切りに、2月20日の「エキシビション」まで、連日のようにフィギュアスケートが見られるということで、テレビ観戦を楽しみにしている人も多いのでは?

そこでサンキュ!では五輪開幕に合わせて、日本中が注目するフィギュアスケート競技の観戦がもっと楽しくなる情報をお届け。解説してくれるのは、さまざまなメディアでフィギュアスケートのライターとして活躍する長谷川仁美さんです。

ライター。1974年静岡市生まれ。1992年アルベールビル五輪の伊藤みどりさんのころからフィギュアスケートを...

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フィギュアの衣装は「控えめで、品位があり、スポーツ競技としてふさわしいもの」

「キラキラ光っている衣装を着たい」と、フィギュアスケートを始める子どもたちも少なくありません。そこで今回は、フィギュアスケートの見どころのひとつでもある「衣装」についてお話します。

衣装についてはルールに明文化されていることを“競技中にバク宙すると「-2点」……フィギュアスケートで「減点」されることとは?”の記事でもご紹介しました。

衣装についてのルールは、「控えめで、品位があり、スポーツ競技としてふさわしいものでなくてはならない。デザインがけばけばしかったりおおげさだったりしてはならない。しかし、音楽のキャラクターをよく反映するものであるといい」というイメージです。

フィギュアの衣装はオーダーメイド!

OSTILL/gettyimages

キラッキラのスワロフスキーなどがたくさんついたものだったり、逆にとてもシンプルで洗練された一着だったり……選手たちの衣装がそれぞれ違うのは、それぞれのプログラムの世界観をつくるため、です。

たとえば『白鳥の湖』だったら、白と黒を使って、なんとなく羽根のようなデザインが施されている衣装が多いです。ふわふわの羽根がついていることもありますね。こうした衣装からは、『白鳥の湖』の雰囲気が、よく伝わってきます。

このように、フィギュアスケートには、「自分のプログラムのためだけの衣装」が欠かせません。ほとんどの選手がオーダーメイドの衣装を着ています。

オーダーメイドでつくられる衣装には、選手たちの好みも詰め込まれています。

ペアの女子選手の胴まわりに装飾が多い理由とは?

たとえば、女子選手のスカートについて。平昌五輪銀メダリストのメドベージェワの衣装を製作したデザイナーさんは「彼女は、スカートの前身ごろを、2パーツに分けてほしいと言っていました」と話していました。スピードを出して滑っていると、前身ごろの真ん中部分が風を受け、ちょっとした抵抗を感じてしまうため、それを避けたいからだそうです。

ほかにもペアの場合、女子選手の胴まわりに、ビーズやストーンを多めにつけることもあります。これは、スロージャンプ(男性が女性の腰あたりを持って、遠くに投げるジャンプ)の際、男性の手の滑り止めになるからです。

ただ、そうやって滑り止めになったストーンが、逆に、ハプニングを生んでしまうこともあります。

ツイストリフト(女性を男性の頭上に投げて、女性が何回転かしたのちに女性の胴あたりを男性が腕でキャッチして下ろす技)で失敗したとき、女性の胴まわりのビーズが、男性の頬をズサーッとしていき、そこから男性の頬は赤く腫れる……というようなことが起こったりすることも。痛そうですね。

トップ選手は、専門のデザイナーにオーダーするのが一般的

フィギュアスケート選手に伸び 1 レグ
MWP/gettyimages

トップ選手たちは、専門のデザイナーに衣装をオーダーすることも多いです。

デザイン案からパターン起こし、縫製、装飾品づけまで、衣装ができあがるまでにはさまざまな工程があります。思うような生地がないときには、デザイナー自ら染色したり、パソコンで柄をつくってそれを生地に印刷したりするそう。

できあがりまでの期間はその都度異なりますが、ものすごくはやくて3週間弱くらい。普通は、だいたい2カ月くらいかかるイメージです。

スケートを始めた子どものころから、こうしたデザイナーさんに依頼することは、それほど多くありません。最初は、スケートクラブの先輩の衣装のおさがりを着たり、母親が既製品のシャツやパンツなどにスパンコールやストーンをつけたり……といったところから始まります。

そうやって、「自分の子どもの衣装づくりから始めた」という方が、しだいにほかの選手たちに頼まれて衣装をつくるようになり、プロのデザイナーになった、というケースもあります。羽生結弦選手のショートプログラムの振付師でもあるジェフリー・バトルさんのお母さんは、まさにそういうデザイナーさんです。

なかには自分自身で衣装をデザインする選手も

選手の中には、自分で衣装をデザインする人もいます。

アイスダンスの五輪メダリスト候補のマディソン・チョック&エヴァン・ベイツ(アメリカ)のチョックは、今季の衣装をすべて、自分でデザインしました。今季のフリーでは、チョックが宇宙人、ベイツは宇宙飛行士に扮しています。どんなプログラムなんだ?と思われるかもしれませんが、プログラムもおもしろいですし、衣装も素敵です。ぜひチェックしてみてください。

選手によっては、大舞台である五輪に合わせて、衣装を新調することもあります。新しい衣装に替えた選手を見るのは、五輪への思いを感じる瞬間でもありますね。

トップ選手たちの衣装は、1着20~30万円くらい

1着1着手づくりをしている「オーダーメイド」の衣装。いったいお値段は?と気になりますよね。

衣装にこだわっている世界トップ選手たちの衣装は、だいたい数十万円と言われています。数十万円といっても幅がありますけれど……トップオブトップの選手たちで1着20~30万円くらいのイメージのようです。

彼らはショートプログラム、フリー、エキシビションと、1シーズンで少なくとも3着の衣装を用意しているので、合わせるとかなりの金額になってきますね。

フィギュアはお金のかかるスポーツ、衣装を販売する選手も

衣装に限らず、フィギュアスケートはお金がかかるスポーツです。スケートリンクは1年中冷房をきかせて氷を張っていますし、スケート靴もブレードもそれぞれ数万円するもの。ほかにレッスン代もかかります。

そのため海外では、1シーズン着た(といってもスケートの試合数は少なく、1シーズンに数試合くらい)衣装をインターネットで販売する選手もいます。5~10万円前後で販売されているのを何度か目にしました。これはいけないことではなく、自立してスケートを継続していくための正しい手段のひとつです。

羽生選手の手袋は、ちょっと違う

出典:Amazon

ほかにもたとえば、手袋に注目するのもおもしろいものです。手袋って普通、2パーツの布を縫い合わせるものですよね。皆、そういう型紙の手袋を着用して、演技をしています。

ただし、羽生結弦選手の手袋だけは、少し違うのです。

彼の手袋は、親指部分とほかの4本の指部分とが別パーツになっています。親指の付け根部分で縫い合わせた、少し立体になった手袋なんですね。羽生選手の希望でこうしたデザインを取り入れていると聞きました。

羽生選手の手元がアップになったとき、ぜひ、親指の付け根を見てみてください。縫い目がしっかり見えると思います。

手袋って意外と目につくので、素材感も気になったりします。薄手で上質そうなものを着けている選手は、なんだか演技も上質に見える気がします。反対に、ちょっと厚手というか、タイツで言うところの“デニール数“が大きめのような素材の手袋を見ると「ああ、惜しい……」という思いを抑えきれません。

同じことを、女子選手のストッキングについても感じることがあります。手袋やストッキングの素材や色というのはとても細かなもの。とはいえ、一度気になると意識しないではいられないパーツでもあるのです。

「ネイサンが、衣装を着ている!」の衝撃

また、男子シングルのネイサン・チェン選手(アメリカ)の衣装にもご注目を!

毎シーズン、彼の衣装は話題になるのですが、一言で言うと「シンプル」。いわゆる「フィギュアスケートの衣装」的なものではなく、フォルムだけを見ると、長袖のTシャツとパンツのようなものを着用しています。そんななか、今年1月の全米選手権のショートプログラムでは「ネイサンが衣装を着ている!」と話題になりました。

もちろん試合ではいつも衣装を着ています。ただ今回は、ジャケット的なものを着ていたので、「(フィギュアスケートらしい)衣装を着ている!」という意味で話題になったのです。

ちなみに、この大会のフリーでは、燃え盛る炎のような、太陽の表面をアップにしたようなプリントの施された、ちょっとゴールキーパーのユニフォームのような衣装を着用。チェン選手はほかにも、数々のインパクトの大きい衣装を着てきました。

毎回衣装についてざわつく周囲に惑わされず、彼は、「フリルとかビーズとかがついているのが好きじゃない。動きやすいのが一番いい」という軸をブラしません。これもこだわり、ですね。

衣装というアイテムひとつにしても、選手たちのこだわりや思い入れがあるものです。五輪を見ながら、選手たちの衣装についても、自由に思いを馳せてみてください。


◆監修・執筆/長谷川仁美
ライター。1974年静岡市生まれ。1992年アルベールビル五輪の伊藤みどりさんのころからフィギュアスケートを見始め、2002年より取材開始。選手、コーチ、振付師、関係者など、数多くのインタビューを行ってきた。『蒼い炎II ー飛翔編ー』(羽生結弦)の構成、雑誌『フィギュアスケートLife』、雑誌『Ice Jewels』、Web媒体などでの執筆、オンライントークの企画運営、スケート関連雑貨の企画販売なども。保育園児の育児に揺さぶられる日々を送っている。

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