治安が悪いと言われる町で、無断欠勤多発の「問題児」たちが、いつの間にか仕事に本気で取り組んで目指すは全国区というすごい事業
2023/01/16
介護の会社が始めたビール醸造事業に、西成のひとびとが本気になりました。目指すは全国区のクラフトビール。町を盛り上げて、育ててもらってきた恩を返したいという社長にお話をうかがいました。
<教えてくれた人>
介護会社「シクロ」代表取締役 山崎昌宣さん(46歳)/大阪府
やまざきあきのり●大阪出身。大学生のときに阪神・淡路大震災のボランティアを経験したのがきっかけで福祉の道へ。大学卒業後、介護・福祉事業会社にケアマネとして就職。32歳のときに勤務先が倒産し、大阪・西成で介護・福祉事業会社を設立。趣味は自転車で、猫と暮らす。
History
●1995年(18歳)大学入試センター試験を受けた直後に阪神・淡路大震災が起き、兵庫・西宮でボランティアを始める
●1999年(22歳)大阪の介護·福祉系の会社に就職
●2006年(30歳)ケアマネとして働きながら夜間の専門学校に通い理学療法士の国家資格をとる
●2007年(32歳)勤務先が倒産し、家中のお金(50万円)を掻き集めて高齢者介護や障害者支援をおこなう「シクロケアプランセンター」を設立。以降、福祉用具レンタル会社・訪問介護会社・デイサービス会社・就労継続支援B型事業所などをほぼ1年ごとに立ち上げる
●2018年(42歳)就労継続支援B型事業所ディレイラでビール醸造を始める
震災ボランティアから介護・福祉の世界に入り労働者の町「西成」で起業
山崎さんが福祉に興味を持ったきっかけは、95年の阪神・淡路大震災でのボランティア経験。その後、新卒で介護業界に就職し、ケアマネジャー、理学療法士として働きますが、32歳のときに会社が脱税で突然倒産。「利用者さんが介護難民にならないように」と彼らの受け入れ先を必死に探していたとき、山崎さんはある利用者に言われます。「お前がやれ。ワシがお前の客になったる!」。そこで山崎さんは前職の担当エリアでもあった大阪・西成で介護会社を起業します。「僕は社長キャラじゃないんですけどね……」と言いつつ「必要に迫られ」福祉用具のレンタル会社や訪問介護会社などを次々展開してきました。中でも目を引くのがビール醸造事業。なんでも、就労支援を受ける「お酒が好き過ぎるひとたち」がビールを造っているらしい……。
「ワシらのテンション上がる仕事用意せんかい!」……なら、大好きな酒を造ってもらおか!
山崎さんが運営する「就労継続支援B型事業所ディレイラ」に通い職業訓練を受けるおっちゃんたちとの会合でのこと。「つまらん仕事ばっかりや」「ワシらは朝から飲んでる酒の専門家やさかい、酒売らせろ!」。そんな売り言葉に買い言葉で「じゃ売ってもらおか!」と山崎さんは酒造会社に800本のビールを発注。するとおっちゃんたちは自ら卸先を見つけ、3日で売り切ります。「彼らの仕事ぶりを目の当たりにして、『ならいっそ、うちで酒造ったるか』と」。こうしてディレイラに、ビール醸造事業が立ち上がりました。
朝から飲んだくれていたおっちゃんが連日無遅刻で出勤!
ディレイラの利用者はお酒を飲み過ぎてしまうひとが少なくなく、何かと理由をつけて仕事に来ないことも。でもお酒つながりの仕事となると、朝まで飲むのが習慣だったひとも含め、無遅刻無欠勤者が激増しました。「酒のことなら本気(笑)。好きな仕事は頑張れるとはよく言いますが、真理ですね」。
就労継続支援事業所とは?
障害や病気のため一般企業や事業所で働くのが難しいひとに、職業訓練や仕事の紹介などの支援を行う事業所。利用者と雇用契約を結ぶ「A型」と、雇用契約を結ばない「B型」の2種類がある。
看板商品は「西成ライオット(暴動)エール」。負のイメージを逆手に取り、労働者の町の気概を込めて命名
1970~90年代は「治安の悪い町」としても知られ、暴動も頻発した西成。今はだいぶ穏やかになったが、血気盛んな時代の西成をイメージして名づけられたのがこちら。カラメルのほのかな甘い香りとくせのない飲み口が特徴。330ml/596円
目指すは全国区のクラフトビール。だから「障害者が造ってる」を売りにしない
「"障害者が頑張って造りました"というアピールで売れるのは最初だけ。ディレイラは質で勝負して、全国区のクラフトビールにしたい。だから思わず手に取りたくなるルックスと、何度も飲みたくなる味を目指しています」。
「西成」のパブリックイメージを裏切るロゴデザインもディレイラの持ち味の1つ。上はビール醸造のタンク、下は配達用のバイクのリアボックス。
西成の町に育ててもらってきたから、ビールで町を盛り上げて恩返ししたい
大阪府内のスーパーに販路を広げる一方、23年春には東京・渋谷に直営店、秋には福岡の「星野リゾート」内に造りたてのビールを提供する醸造所が完成予定。「『西成のビール』を大阪名物にまで育て上げるのが目標です」。
参照:『サンキュ!』2023年2月号「あしたを変えるひと」より。掲載している情報は2022年12月現在のものです。撮影/小田垣吉則 取材・文/宇野津暢子 制作/岡部さつき(風讃社) 編集/サンキュ!編集部