障害や疾病の有無、人種、性別、国籍などの違いをそのままに受け入れ、ともに生きていく「インクルーシブ」。さまざまな場で取り組みが進められている中、今回は、ある保育園を取材しました。インクルーシブな保育とは?
ミーティングも外遊びもランチタイムもみんな一緒
訪れたのは、神奈川県茅ヶ崎市にある「うーたん保育園」。現在、0歳児から5歳児まで75名のこどもたちが通っていて、そのうち、複数名が医療的ケアやサポートが必要です。発達がゆっくりな子や身体的サポートが必要である等の配慮が必要な子、ダウン症の子、聴覚の弱い子などさまざまで、喀痰(かくたん)吸引や酸素吸入などそれぞれ必要な医療的ケアやサポートを受けながら過ごしています。
訪れたとき、ミーティングと呼ばれるクラス全員での話し合いがスタートしました。翌日に実施される遠足について話し合いが始まります。車いすを使っている子が近づくと、周りのこどもたちがすっとスペースを空け、自然に招き入れます。外遊びの時間には、身体的サポートが必要な子も保育士につきそわれてすべり台。ランチタイムもみんな一緒。保育士のサポートを受けているこどものテーブルに、ほかのこどもたちが集まり、にぎやかに食事をします。
保育園と児童発達支援センターがおとなり同士
身体的サポートが必要な子や発達がゆっくりな子にはそれぞれに合ったサポートが必要です。うーたん保育園には、児童発達支援センターが併設されていて、支援センターには言語聴覚士や理学療法士、臨床心理士など専門職がおり、保育園を定期に訪問しています。保育士と連携しながらこどもたちをサポートしています。
理学療法士はこどもと遊びながら、身体の状態を確認します。膝まわりの筋力が弱いと判断したら、膝の筋力を使うような遊びを保育士に提案。車いすを使っている子の関節の可動域が気になれば、同じ姿勢を取りすぎないようアドバイスしています。
臨床心理士は、こども同士のコミュニケーションの仕方や集団への参加の様子などを観察します。家庭環境などの背景も踏まえつつ、こどもたちが過ごしやすい環境づくりを保育士とともに考えます。
遠足の実施にあたっては、看護師との打ち合わせも行います。決まった時間におなか(胃ろう部分)から水分や栄養を入れる必要のある子が遠足に参加する場合、ほかの子とのスケジュールの中にどう組み込むか、調整が必要です。このように、保育士と専門職が「みんなで一緒に考える」。インクルーシブには欠かせない要素です。
インクルーシブな保育において、こどもたちの中に育まれるもの
元気いっぱいのこどもたちの中に、医療的ケアやサポートが必要なこどもが入るのは危険では?と不安を抱く方もいるかもしれません。でも、うーたん保育園のこどもたちを見ていると、こどもたちはちゃんとわかって行動しているようです、しかも自然に。
佐藤愛美園長は言います。
「自分と違うところが気になれば、こどもたちは『なあに?』『なんで?』と聞いてきてくれます。たとえば、酸素吸入については、『これは酸素を送っているチューブで、これがないと、苦しくなっちゃうんだよ』と伝えれば、なんとなく踏んではいけないものだと理解してくれます。みんな、チューブを踏まないよう、自然に行動してくれます」
「喀痰吸引については、『これは、○○ちゃんに大事なものなんでしょ』。身体的にサポートが必要なお子さんのバギーは、役割を決めなくても押す子が自然に現れます。それは『押してあげる』のではなく、『一緒に行こう!』という思いから。困ったことがあったら、こどもたち自身で話し合います」
「こどもたちは、小さいころから一緒に生活していますから、障害や病気といった認識ではなく、『○○ちゃんはこれが好き、得意、これは苦手』と肌感覚で知っています。同じところも違うところも含め、その子をまるまる受け止めている。かかわり合い、触れ合いながら、お互いに影響し合い成長しているのを感じます」
実際、卒園したこどもの保護者からは、
「小学校の担任の先生から、うちの子が、成長がゆっくりな子や自分の気持ちをうまく伝えられない子たちの代弁者になっている、ごく自然にやさしいふるまいができる子だって言ってもらえたんです。相手の気持ちや思いをくみ取ろうとする、その土台はまちがいなくうーたん保育園でつくられたものです」という声がありました。
「インクルーシブ」な保育について
「インクルーシブ」は障害や疾病の有無だけではなく、人種、性別、国籍などの違いをそのままに受け入れること。その一例として、保育所等における医療的ケア児の受け入れ状況を見てみると、全国で2015年には260カ所であったところ、2022年には792カ所となり、3倍以上に増加しています。
2023年4月からは、うーたん保育園のように、保育所等と児童発達支援事業所等が併設されている場合において、設備の共用や人員の兼務ができるようになりました。「こども未来戦略」(※)において、「障害の有無にかかわらず、安心して暮らすことができる地域づくりを進めるため、地域における障害児の支援体制の強化や保育所等におけるインクルージョンを推進する。」とされ、障害のあるこどもや医療的ケア児、異なる文化的背景を持つこどもなど、多様な支援ニーズを有するこどもの健やかな育ちを支え、「誰一人取り残さない」社会を実現する観点から、それぞれの地域において包括的な支援を提供する体制づくりを進めています。
※「こども未来戦略」~次元の異なる少子化対策の実現に向けて~(令和5年12月22日閣議決定)より
すべてのこどもが安心して暮らせる社会に
「インクルーシブ」には「すべてを包み込む」という意味があります。まさに、インクルーシブにこどもたちの成長を見守っているうーたん保育園。
「運営主体である社会福祉法人翔の会では『誰もが地域で暮らせるために』を理念に掲げています。うーたん保育園も、インクルーシブな保育を実践しようと思ってやってきたわけではありません。どんな特性があろうとも、同じ“こどもたち”というのが私たちの認識です。どんな子も安心して自由に過ごしてほしい。私たちにとっては、これが当たり前の保育のかたちなのです」(佐藤園長)
■うーたん
社会福祉法人「翔の会」が運営する複合施設。同じ屋根の下に保育園のほか児童発達支援センター、重複障がいの方の生活介護施設や障がいのある方が働くカフェ、特別養護老人ホーム(特養)があります。
アンケートへの回答でサンキュ!編集部より抽選で30名様に図書カードネットギフトをプレゼント
提供/こども家庭庁