なぜ虐待は起きるのか?精神科医が明かす「やめたくてもやめられない」虐待依存症の実態
2019/11/30
実の親がしつけと称して我が子を傷つけ、ときに命を奪う、痛ましい児童虐待事件が後を絶ちません。事件の報道を見て「なぜ」という思いで心を痛める人も多いはずです。
今回、虐待について2人のかたにお話をお聞きしました。ひとりは虐待経験者のTさん、もうひとりは虐待を理解するために知っておきたい社会、心理、医学的情報について、医学的知見をもとに啓発活動を行っている精神科医の大塚俊弘先生です。
(取材・文/みらいハウス 渡部郁子)
母の再婚相手から――Tさんの虐待体験
まずは、子どものころ虐待を受けていたというTさんのお話です。母の再婚相手である継父から虐待を受けていたTさん。母が再婚したのはTさんが2歳半のころでした。
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食事を与えてもらえない、または与えてもらってもとても量が少なかったので、常にお腹がすいていました。煮干しとごはんだけ、というようなことが多かったのですが、継父はしっかり食べていたので、お金がなかったというわけではなかったと思います。
4歳のころ、継父と母の間に弟が生まれました。私は保育園や幼稚園には通わせてもらえず、小学校に入ってからは「不潔」「近寄るな」などと言われ、いじめられました。お風呂に1カ月以上入れてもらえなかったし、洋服も汚れていたのです。弟は「男の子だから」という理由で保育園に通い、必要なものをすべて与えられていたことを覚えています。
小学校になっても必要なものを用意してもらえず、勉強禁止と言われ、何か悪いことや継父の機嫌を損ねることをしたら、家の外やトイレに朝まで立たされたり、殴られたり蹴られたりしました。小学6年生のころになると、母と継父の夫婦の営みに同席させられるようになりました。
中学校に入ってからは継父が私の入浴についてくるようになり、14歳のとき、昼間、だれもいない家で継父に呼ばれ、危険を感じたので包丁を持って継父に向かいましたが、力で負けてしまいました。その後、母と継父は離婚することになるのですが、母からは「あんたのせいで離婚することになった」としつこく言われ続けました。
大人はだれも助けてくれなかった
入浴を制限され、まわりから指摘されるほど臭ったり、必要なものを用意してもらえないため、忘れものが多いという状況などから、学校の先生はきっと、家庭の問題に気づいていたはずだとTさんは考えています。しかし、Tさんへの働きかけはあっても、Tさんの父母に対する働きかけはなかったそうです。
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学校の先生の中には、気にかけ、いろいろと助けてくれた先生もいますが、理不尽な扱いを受けた先生もいます。私には用意することができないと説明しても、忘れものが多いことを何度も責める先生や、腕を見せろと言われ、垢の溜まった皮膚を見せて入浴させてもらえない状況を説明したのに、結局はあなたの問題だ、と言う先生もいました。
親に電話をしたり、家庭を訪問して先生から親に、入浴させること、持ちものを準備することなどを話してほしかったのに、そういう先生はひとりもいませんでした。
味方になってくれる人はだれもいない。絶対にここから出ていって、いつか復讐してやる、という強い思いがありました。一生ひとりで生きていくという覚悟と、でもだれかにわかってほしい、つながりたいという希望が共存していました。
いま、結婚して子どもを1人育てています。人間関係で苦労することが多いという自覚があります。自信のなさ、空気を必要以上に読んでしまうところなどがあります。母と継父のようにならないように、そう意識しながら子育てをしています。今のところ、息子は素直で優しい子に育っているので、それが救いです。
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児童相談所に逃げたかったけれど行けなかったと話すTさん。まわりの大人たちは、だれも助けてくれなかったという思いがあるそうです。母の離婚で、継父の虐待からは逃れることができましたが、今も精神的な不安定さは残り、克服したとは言いがたい状況のようです。
精神科医が語る「虐待してしまう」理由
次に、精神科医の大塚俊弘先生の話をご紹介します。大塚先生は精神科医として、長崎や川崎で、児童相談所の子どもたちやDV被害者の診察を担当されてきました。数々の施設でセンター長として、医学的な知見による職員の指導などにも携わってこられた中で、「児相の現場ではすでによく知られているのですが」と前置きしたうえで、次のように話し始めました。
■大塚俊弘氏プロフィール
川崎市こども未来局 児童家庭支援・虐待対策室 担当部長。
長崎県出身。長崎大学医学部卒。精神科医。長崎県で精神保健福祉センター所長、医療政策課長、保健所長、こども女性障害者支援センター所長として児童相談所長、婦人相談所長などを歴任後、2016年より国立精神・神経医療研究センター上級専門職を経て、2018年より現職。
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子ども虐待はアディクション、つまり依存症です。児相の現場では10年以上前から、その前提で指導が行われています。依存症には、ギャンブルやアルコール、仕事などのほか、暴力や虐待、さらには特殊な人間関係などがあります。共通の特徴としては「やめたくてもやめられない」という行動障害であること。言い換えると、意志の力や精神力では行動をコントロールできなくなる病気であり、したがって、意志の力や精神力でコントロールしようと考えている限り、治らない病気です。
アディクションを大別すると、ひとつめに物質への嗜癖、2つめに行為過程(プロセス)への嗜癖、3つめに人間関係への嗜癖に分類されます。物質への嗜癖とは、アルコールや薬物などがあります。行為過程への嗜癖とは、ギャンブルや摂食などのほか、新しいものではゲーム障害なども含みます。人間関係嗜癖とは、共依存やアダルトチルドレンなどです。いずれも独立したものではなく、ひとりで複数のアディクションを持っていたり、ひとつの嗜癖行動が収まったとたん、別の嗜癖が表面化したりするといったこともあります。
子ども虐待やDVは、「暴力、力による支配」という行為過程への嗜癖であると理解することができます。
虐待は個人の意志力や精神力などではコントロールできない
虐待やDVという「暴力、力による支配」は、依存症であり、「脳の病気」であると断言する大塚先生。その理由となる、脳のメカニズムについてお聞きしました。
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意志の力や精神力ではコントロールできない理由については、次の3つの側面から理解することが必要です。ひとつは、脳の病気であること。次に、習慣の病気であること。そして、生き方に関する病気であることの3つです。
この中でも、とくに「脳の病気」であることをしっかり理解することが重要です。また、生き方に関する病気とは、生き方に関する考え方が窮屈でひとりよがりになっているという意味です。
アルコール、薬物の使用、ギャンブル、買い物、暴力や力による支配などの行為には、気持ちがいい、ストレス解消になる、目の前の嫌なことから一時的に開放される、などといった「快感」が伴います。そして、快感を伴う物質や行為は、脳内報酬系という神経回路を活発化させます。
この状態が恒常化すると、ちょっとした脳の刺激によっても、その物質を使いたい、その行為をまたやりたい、という欲動が起きてくるようになります。言い換えると、「脳が自動的に物質や行為を求める」ようになるわけで、もはや個人の意志力や精神力などでのコントロールは不可能です。
「立派な人なのに」ではなく「立派な人だから」と考えてみる
では、具体的にどんな人が依存症になりやすいのでしょうか?大塚先生は「劣悪な養育環境と低い教育歴の人々に多い」とする一方で、その真逆ともいえる社会的地位が高い層においても依存症の出現率は極めて高いと話します。
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医師、弁護士、教師、会社役員など、社会的地位が高い人は総じてストレスが多く、孤独でかつ周囲に問題を指摘する人が少ないうえ、経済力があるため、アルコール依存、ギャンブル依存、虐待、暴力といった依存行動を繰り返すことが容易であり、依存が形成される確率が高いからです。
また、このような人々は、本質的に仕事依存症であるという側面もあります。「あんなに立派な人に限ってまさか」ではなく、「あんなに立派な人だからもしかして」という見方が必要です。
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そのほか依存症になりやすい人に共通していることとしては、 他人の評価が過度に気になるあまり、結果を出そうとしてその行動に没頭し、限界が来てもやめられない――そのうち無理がたたってつぶれて、さらに自信を喪失していくという行動パターンを繰り返す、というものがあるそうです。
これは、ものの見方やふるまい方、生き方に関する考えが窮屈で、ひとりよがりなために陥ってしまう行動パターンであり、生き方そのものを見直すことが重要になります。
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依存症は、依存症的行動パターンにはまっている親や配偶者により引き起こされることもあり、そういう場合の親や配偶者は、世間体が非常によかったり、仕事熱心な人物であるという事例も少なくないのです。
子どもの虐待やDVは、多くの場合、愛情の欠如、あるいは育児ノイローゼの延長といった現象ではなく、むしろ依存的な深い愛情がある、愛情に縛られているからこそ引き起こされるもの。虐待を加える大人の多くが子どもに対して、「あなたのためにやっているのだ」と正当化しながら体罰を与えたり、子どもが望まないことを強要しています。
虐待被害者・加害者への対応はどうすればいい?
では、虐待やDV被害者をどのように救うことができるでしょうか。また、虐待やDV加害者にならないためにどうしたらいいのでしょうか。
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繰り返される暴力への対処法は、次の3つしかないと私は考えています。ひとつは逃げること。次に第三者を介入させること、そして公権力や専門家を介入させることです。子ども虐待に関する児童相談所への相談件数は、平成30年度で16万件ほどでした。相談件数は毎年増加していますが、虐待数は昔からそれほど大きく増えていません。本人が逃げたいと思っていても逃げられない場合など、通報により発見できる虐待もあるので、心配なことがあれば、迷わず通報することをおすすめします。
ちなみに、子ども虐待の内容は、身体的、性的、心理的、ネグレクトの4つに分類され、平成30年度でいちばん多かったのは心理的虐待で55.3%です。次に身体的虐待で25.2%、ネグレクトの18.4%が続いて、最後に性的虐待の1.1%でした。配偶者へのDVを目撃することも虐待であり、面前DVは心理的虐待に含まれています。
虐待が疑わしいとき通報するべきか?
大塚先生は、自身のお子さんが小さいとき、ベランダに立たせて大泣きさせた経験を例に、通報の重要性を説きます。「私が当時やってしまったことは、今なら、近所の人に通報されてもしかたないです。でも、それでいいんです。通報されたらありがたいと思えばいい。児相の人が来たら、『うちの子、いつもいうことを聞かなくて困っているんです』と相談すればいいんです」
大塚先生の考えでは、家庭に隠されて見つからない虐待が、通報によって見つかることだけでなく、通報によって子育てに困っている親と支援者がつながること、それも含めて通報することはメリットであるというわけです。
まとめ:心に余裕のある生活を維持することが虐待を防ぐ
最後に、先生のお話の中でとくに気になった点をお伝えします。
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虐待の加害者にも被害者にも共通することとして「自己評価が低い」ことが挙げられます。そういった人たちへ声をかけるとき、気をつけるべきことは、他人の評価を過度に意識させるようなアプローチはしないこと。
たとえば、被害者である子どもに「自分を大事にしよう」「命を大切にしよう」などのメッセージは不適切であると私は考えます。自分を大事にできない自分はダメな人間だ、死にたいと思っている自分はダメな人間なんだ、という気持ちを強めてしまいます。そういうときは「長い人生の中では、自分を大切にできなくなったり、死にたいと思うほど追いつめられることもある。そのときはひとりで抱え込まずに、だれかに相談しよう」といった声かけが大切です。
依存症の脳への対処方法は、「脳内報酬系スイッチを入れないようにする」こと、つまり脳神経に過度の刺激を与えないよう、仕事や学業等に没頭することなく、過度な作業や労働を避けて、余裕のある生活を維持することが重要です。そして、めざすべき新しい生き方は、他人の評価を気にせず、自分のありのままの姿を認め、自分に正直に生きることです。
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他人からの評価を気にせず、心に余裕のある生活を。そして何よりも、自分に正直に生きること。それがむずかしい時代だからこそ、虐待やDVといった行動に依存してしまう人が増えているのかもしれません。
毎日がとにかくいそがしい子育て中だからこそ、何事もほどほどに、脳内報酬系スイッチを入れないように生活すること。そして、地域に気になる子どもがいるときは声をかけ、必要であればためらわず通報すること。それが、虐待被害を減らす一助になるかもしれません。
◆取材・文/みらいハウス 渡部郁子
東京・足立区にある育児期の女性支援拠点「みらいハウス」のライティングメンバーです。子連れで取材活動に取り組む一児の母。育児と仕事にまつわる社会課題への支援事業や、子育てしやすい地域環境を構築する仕組みづくりを行っています。
※子ども虐待…児童虐待と幼児虐待、両方を含む言葉として「子ども虐待」という表記にしています。
構成:サンキュ!編集部