不妊治療で夫が妻のためにできることって?ある夫婦に「夫の気持ちと妻の本音」を聞いた
2022/04/07
不妊治療では女性はもちろん、男性も悩みを抱えます。たとえば「不妊治療がうまくいかず落ち込む妻にどう接したらいいのかわからない」という悩み。また、不妊に関する悩みを周囲に相談することも、女性に比べて男性のほうが敷居は高いと考えられます。
そこで今回は、不妊治療を経験したあるご夫婦から、不妊という現実、そして不妊に悩む妻を夫はどのように受け止めたのかなど、当時の心情などについてお話を伺いました。
(取材・文/みらいハウス 福井良子)
待望の妊娠から一転、妻の身に起きた予想外のできごと
お話をお伺いしたのは、福岡県在住のRさん(43)、Kさん(34)ご夫婦。現在3歳になる長男との3人暮らしです。
お2人は今から11年前に結婚。結婚1年目に自然妊娠で赤ちゃんを授かりましたが、ほどなくして子宮外妊娠であることが判明。Kさんは片方の卵巣を摘出することになり、そのときのショックから一度は子どもを諦めかけます。しかし、しばらく経って心境も変化。ふたたび子どもを望むようになり、不妊治療を開始し、夫婦二人三脚で歩みを始めました。
――最初の妊娠(子宮外妊娠)当時のことをお聞かせください。
Rさん:子宮外妊娠で緊急手術となり、卵巣を摘出しました。突然赤ちゃんを亡くしたこともショックでしたし、医師から術後しばらくは「子づくり禁止」とも言われたこともあって、その一件依頼、何となく子どものことについてはお互いに口にしなくなったんです。
――その後、心境が変化したのはどのようなきっかけから?
Rさん:周囲の友人たちの間でも出産報告や育児の話題が多くなり、再び「子どもが欲しいということ」を考えるようになりました。そこでまずは一通り不妊検査を受けよう、ということになったのですが、実はその検査の段階で妻の腎臓に病気があることが判明したんです。しかも、見つかったときには人工透析の一歩手前の状態。
「放置したらこの先ずっと人工透析が必要になる」と医師に言われ、不妊治療よりまずは腎臓の病気の治療を優先させることにしたんです。それから2年ほど投薬などの治療を行い、やっと「不妊治療をはじめてもよい」という状態まで回復しました。
不妊治療スタート、そして期待と落胆の日々のなかで
――不妊治療はどのように進めましたか?
Rさん:まずは金銭的にも負担の少ない人工授精からスタートすることを考えましたが、検査で妻の卵管の片方が詰まっていることがわかりました。それで不妊専門のクリニックに転院して、体外受精からスタートすることになったんです。
ただいきなり高度生殖医療からのスタートとなると、治療費もバカにならないので正直悩みましたが……お金の工面については、妻には絶対心配させないという強い思いがあってので「お金は全部出すけん」と伝え、体外受精に挑みました。
それが僕が38歳、妻が29歳のときで、そこからは採卵に向けての日々。妻は毎日おなかに自己注射をするなどがんばっていました。申しわけないことに僕は仕事がいそがしくてなかなかいっしょに病院へは行けなかったのですが、妻は移植が終わると「今、(受精卵を)入れたよ!」、判定日には「今回はダメだったよ」などとその都度、電話やメールで報告をしてくれました。
――「ダメだったよ」と報告を受けたときやKさんが落ち込んでいるときには、どのように接していましたか?
Rさん:よけいなことを言ったり、変な気遣いはせずに「じゃあ次まだがんばろう!」と伝えていました。妻は、不妊治療の通院を続けながら美容関係の店舗を立ち上げるなど、当時はいそがしくしていたんです。だから、治療の結果の影響で激しい気分の浮き沈みがある様子は感じられなかったのですが、それでもふとしたときに妻の口から「(赤ちゃん)ほんとにできるとかいな?」という言葉がこぼれることもありました。自分としては、そのたびに「次、またできるよ!」と受け止め、励ますことしかできなかったですね……。
妊活をともに歩むと決めた夫の覚悟と本音
――Rさんのほうに焦りや、諦めといった感情が出ることはありませんでしたか?
Rさん:焦りはありましたが、諦めるということはなかったです。 妻の腎臓の病気が発覚したことで「いつでも授かれるわけじゃない」ということは十分わかっていたし、あとは子宮外妊娠のあとにしばらくセックスレスの時期があって、そのことで責任を感じていた部分もあったのかもしれません。
そういったこともあって、自然に授かれることがいちばんだけど、それがむずかしいのであればやれることをがんばろうと。やっぱりお互いに子どもが欲しいと思っていましたしね。
――不妊治療における夫の役割について、Rさんはどう考えていましたか?
Rさん:検査や採卵など不妊治療は女性への負担がどうしても大きくなってしまうし、治療を続ければ続けるほど「本当に妊娠できるのか」という不安も増していきます。そのうえ「続けたいけどお金が……」というような金銭面での不安も出てくる。
治療での肉体的、精神的な痛みを背負うのはどうしても妻の役目になってしまうけど、お金のことでは絶対に心配をかけないようにするのが、自分の役割だと真剣に思っていました。
そして妻が落ち込んでいるときは「ほたっとく」ようにして、ふだんと変わらない態度でいるように務めましたね。「ほたっとく」は博多弁で「そっとしておく」というような意味です。妻はもしかすると「ずっと私をほたっといて!」と心の中では思っていたかもしれませんが……実際どうだったのか、気になりますね。
夫の本音を聞いて妻が感じたこととは?
RさんKさん夫婦はその後、3回目の体外受精で妊娠にいたり、夫婦は待望の長男を授かります。今回の取材では、Rさんが気にしていた「ほたっとく」についても、Kさんご本人に聞いてみました。
「実は当時は主人にも(不妊治療の)つらさを打ち明けられずにいたんです。『きっとこの気持ちは女性にしかわからないだろうな』と思うと伝えることをためらってしまいました。
でも、主人はそのつらさに気づいていたのかもしれません。その後もあえて何もふれずに見守ってくれていました。その態度が十分私には支えになっていたし、それまで以上に夫婦の絆のようなものができたような気がしますね」
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不妊治療における妻との距離感について、Rさんは「『苦しんでいる妻に寄り添う』という態度でいる人もいるかもしれませんが、僕は逆に『寄り添いすぎるとかえって妻のプレッシャーになるのではないか』と考えていました。僕たち夫婦にとってはこの距離感がちょうどよかったのかもしれません」とも話していました。その考え方は、少なくともKさんにとってはたしかな支えになっていたというわけです。
不妊治療をはじめ、夫婦でつらいできごとに向き合うときに「お互いに支え合っている」と感じる距離感はそれぞれかもしれません。しかし「どう声がけするか、どのような態度を取るべきか」ということ以上に大事なことは、まずは、不妊を「夫婦で乗り越えていくもの」としてふたりで捉えるところからスタートすることです。
そのために率直にお互いに気持ちを伝えあうことが必要な場合もあるし、ときには少し冷静になりお互いの距離を保つことが必要になることもあるでしょう。なかなか期待どおりにはいかず落ち込むことも多いといわれる不妊治療。そのようななかでも支え合いを感じられるような着地点を夫婦の間でみつけられるとよいですね。
■取材・文/みらいハウス 福井良子
東京・足立区にある育児期の女性支援拠点「みらいハウス」のライティングメンバー。キャリアコンサルタントや不妊カウンセラーの資格を持ち、女性のキャリア相談や、不妊経験のあるママたちの支援などに取り組んでいる。1児の母。