「だってお母さんでしょ」に追い詰められる母たち――「虐待」をなくすために社会ができることとは?
2020/06/30
新型コロナウイルスの感染拡大防止のために実施された休校や外出制限。全国的に制限の解除が進んでいるものの、子どもたちを預かる学校ではいまだ分散登校や短縮授業が実施されていたりと、完全再開には至っていないところも多く、子育て中のお母さんたちにとっては厳しい状態が続いています。そして、追い詰められた状態での育児が「虐待」につながる可能性も……。
今回は、埼玉県八潮市で助産師をしながら、多くの悩めるお母さんたちをサポートしてきた直井亜紀さんに、社会で虐待を起こさないようにするためにできることを伺いました。
(取材・⽂/みらいハウス 野呂知⼦)
■直井亜紀氏プロフィール
助産師、看護師、一般社団法人ベビケア推進協会代表理事。2009年5月に「さら助産院」を埼玉県八潮市にて開業。八潮市を中心に埼玉県内外にて「いのちの授業」の講演や企業セミナー講師など幅広く活躍。2017年には第39回母子健康奨励賞を、2018年は内閣府特命担当大臣表彰をそれぞれ受賞。2人の子どもの母。
孤独や取り残される気持ちを感じるお母さんが増えている?
――家にいると、たまにご近所から子どもの声がします。楽しそうに遊んでいる様子ならほほえましい感じがするんですが、赤ちゃんの泣き声がすると何があったんだろうと心配になります。
直井さん:「子どもが泣きだしたらまず何をしますか?」と問いかけると、「まず窓を閉める」という答えが返ってくることがあります。これはつまり、「虐待を疑われたら困るから」なんですよね。なんだか寂しいと思いませんか?子どもが泣いていたら「大丈夫?どうしたの?」とか「だっこ変わってあげようか?」とかそんな声をかけてもらえると安心しますよね。しかし残念なことに「虐待を通報されてしまう」と心配するかたもいるのが現状です。
子育てを取り巻く環境は本当に大きく変化しています。まずここ数十年で、少子高齢化が一気に進みました。それは友だちの子どもをちょっと抱っこしたりチラッと面倒を見たりした経験のある人が減って、自分の赤ちゃんを抱っこしたときに初めて赤ちゃんという存在と接することを表しています。「生まれて初めて抱っこする赤ちゃんがわが子」という人も少なくありません。とくに男性はそうなのではないでしょうか。
少子高齢化と同時に、女性の社会進出も増えています。保育園が増えたことにより、「子どもが3歳になるまで自分の手元で育てたい」というお母さんからしてみたら、近所に子どもの友だちや子育て仲間がいなくなりました。こういうことが起こることによって、育児中に孤独や取り残される気持ちを感じるお母さんが増えてきます。これは実際にものすごく大勢のお母さんから聞きます。
「だってお母さんでしょ」がお母さんたちを追い詰める
――赤ちゃんを育てているとき、まだ言葉も話せない子どもと向き合うのがすごくしんどかったのを覚えています。一方で、それを夫に話すと「みんな我慢しているんだから」と言われました。
直井さん:お母さんにまるで神様のような存在を求めている人が、まだまだ多いことに愕然としますね。「私、育児がツラくて大変なの」って言ったら「お母さんなら当たり前」「お母さんなんだからがんばらなきゃ」「だってお母さんでしょ」「お母さんのくせに何言ってるの?」って返されることがある。
お母さんだって人間です。トイレに行きたいし、ご飯だって食べたいし、疲れていたらゆっくりしたいんです。たとえば公園に行ってずっと子どもを見ていたはずなのに、くしゃみをした瞬間に子どもが転んだ。すると「お母さん何してたの?」「お母さんそばにいたのに何でこんなことになったの?」って言われるんですよ。
一方で、お父さんはあまり言われない。お父さんが赤ちゃんといっしょにいる時間は、平均してお母さんの数分の1しかないのに、虐待してしまう人の約4割がお父さんであるという調査結果がある(※)ということは、お母さんががんばっていることを表していると思いませんか?
育児中の親が笑って暮らせる社会にするためには?
――では社会で虐待を起こさないようにするために、直井さんはどんなふうになっていけばいいとお考えでしょうか。
直井さん:「叩いたらダメですよ」「怒鳴ったらダメですよ」「お母さんなんだからちゃんとしなさい」「しっかりしなさい」「もっと私が教えてあげなきゃいけない」――こんなふうにお母さんを追い詰めたら、お母さんはもっともっとツラくなってしまいます。
「子どもが生まれたら虐待してやろう」と思って子どもを産む人なんて絶対にいないし、虐待したくて子どもを殴っている人なんて1人もいないんです。しちゃいけないということは十分わかっていても、止められない状況に追い込まれていくうちに、虐待事件が発生してしまっているのではないかと思います。
だから、赤ちゃんが泣いていたら通報するんじゃなくて、「大丈夫?ツラいんじゃない?何かあったら言ってね」とか、「手伝いに行くわよ」とか、「かわいい子ね」って興味や関心を持つ。あとは「さすがお母さんよくやってるね」と共感して支持する。女性は共感するだけで救われることがあります。それから居場所を増やすこと。育児中に孤独を感じにくい社会、そして育児が楽しいな、と言える社会。そうなっていけば、自然と叩いたり怒鳴ったりといった行為は少なくなると考えています。
「自分は大切にされていて、大切にされる価値のある存在だ」「育児中も社会から取り残されてない。世の中には、自分にも我が子にも関心を持ってくれてる人がたくさんいる」「我が子の成長は社会から見守られていて、地域に安心できる仲間がいる」――。お母さん自身がこう思えていたら、幸せな育児をすることができるのではないでしょうか。
――逆に「これはしないほうがいい」と思われるのは、どんなことでしょうか。
直井さん:育児をがんばっている人が自信をなくすような言動は控えたいですよね。
たとえば、「○○しないとダメ」とか「○○するべき」と言われると、まるで責められているような気持ちになってしんどいですよね。アドバイスをするのは「どうしたらいいと思いますか?」と意見を求められてからでよいと思います。
私自身の経験ですが、子どもが小さかったころ、スーパーで自分の子どもが癇癪を起こしていてどうしたらいいか困ったことがありました。そのときお店の人が飛んできて、「泣きやまないときには唇をつねり上げるといいんだよ」と言ってきたんです。困っているときに「叩けばいいんだよ、つねればいいんだよ、怒鳴ればいいんだよ」って言われたら、本当は正しくないということはよく考えればわかるんですけど、そのときはもう何も考えることができなかった。「そうか、つねり上げればいいんだ」って具体的に指示を受けたような気がしたんです。
でも結局泣き止まなかった。育児を見守る側がアドバイスをすること、しかも間違ったアドバイスをするようなことは、あってはならないと思います。とくに、怒鳴ったりつねったりといった子どものしつけのあり方を見直すときが来ているのではないでしょうか。こういう文化が変わっていくことを願いたいですね。
ママは自分をもっと甘やかしていい!
――最近は、育児を担う男性も増えているようですが、家庭内で育児に関する夫婦の負担はどのように考えるべきでしょうか。
直井さん:育児においてパパは「サブ的役割」が多いように感じています。「やれたらやるよ」と「なにかあったら言ってね」ではなく、自分も育児の当事者だと意識を持つパパが増えるといいなと思います。
また、ママが安心して育児するために、パパの存在はとっても大きいんですよ。毎日ゆっくり話を聞いてもらっている女性は育児の不安が少ないとも言われています。お仕事がいそがしくて家事をする余裕がないパパでも「何かあったら頼りになる」という安心感があるだけで心強い。ママが1人で抱え込まないことが重要なんでしょうね。
一方で、ママは自分をもっと甘やかしていいと思います。いのちを産み出して、24時間365日ずっと子どもに愛を注ぎ続けるって、とってもすごいことですよね。おいしいものを食べて、たくさんしゃべって、たくさん笑ってほしい。さら助産院も「ママが笑っている社会になってほしい」と願いながら活動しているんですよ。
取材を終えて
ひと昔前は、朝夕の通学中に近所の人が声をかけてきて、しばらく立ち話をしたり、赤ちゃんを抱っこしていたら、近くを通りがかったおばあちゃんが話しかけてきたり…といったことはごく当たり前のようにあったことを思い出します。
最近は近所との関わりも希薄になり、実家も遠くて、パパは帰りが遅くて頼れない…という育児中のお母さんを、まわりで多く見かけるようになりました。
今、新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、家に子どもがいる時間が増えたことで頑張りすぎてるママも多いことでしょう。
小さな赤ちゃんを持つママたちは、家から出られず孤独な日々を過ごしているのではないでしょうか。さら助産院では、ママたちがマスクなしでおしゃべりできる機会をつくりたいとの思いから、オンライン講座を開催しているそうです。
育児にイライラしたり、ちょっとしんどいな、と感じるようなときは、自分が笑顔になれる方法を考えてみてください。そして、ときどきは家事に手を抜いたり、おいしいスイーツを食べたりして、「まいっか」と自分を甘やかすことを心がけてみましょう。
◆取材・文/みらいハウス 野呂知子
東京・足立区にある育児期の女性支援拠点「みらいハウス」のライティングメンバー。地域と産後の女性の働き方に関心があり、19年5月から参加。小学生の子どもがいる。