ADHDの特性を強みに変えて。フォロワー20万人超「葉っぱ切り絵アーティスト」リトさんの人生
2021/09/25
上司に叱られっぱなしの会社員時代
──リトさんがご自分の発達障害に気づいたのは、社会人になってからだそうですね。
【リトさん】はい。子ども時代はごく普通に生活していました。集中してコツコツやることが好きで、親には「お前は要領が悪いね」とか「不器用だ」などとよく言われていましたが、学校生活で特に困ることもなく成長しました。しかし大学を卒業して就職したフードサービス系の会社で壁にぶつかって。
子どもは頑張っているプロセスを評価してもらえますが、仕事となると結果がすべてなんですよね。僕はひとつのことに没頭すると周りが見えなくなる性格で、それが仕事の場では大きなネックになって。「あれ、俺って他の人と違う?」と初めて気づいたんです。
就職して最初に担当したのは調理と販売。僕は仕事は丁寧にやるけれど優先順位が違う。早く終わらせて次の仕事に移らなくてはならないのに、いつまでも時間をかけてしまって。場の状況や空気を読むのが苦手なんですね。それで上司や同僚に「おいおい、そうじゃないだろう…」と言われ続けていました。
「〇〇までに××をやれ」という具体的かつピンポイントな指示には対応できるけど、「状況を見極めて、最適と思うことを自分で考えて動け」と言われると、どうしていいかわからなくなってしまう。
それでも最初に就職した会社には、ただただ根性で7年在籍。その後2回転職しました。仕事の場での失敗が続いて会社に行くのが怖くなり、逃げるように転職するというパターンでした。
ADHDの診断を受けたときの気持ちは、「安堵と納得」
──ご自分がADHDだと気づいたきっかけは何でしたか。
【リトさん】店長候補として入社した3社目の会社の上司が当たりの強い人で、「どうして仕事ができないんだ!」と毎日怒られ続けました。やる気はあるのに、他の人と同じようにできない。僕と似たような悩みを抱えている人はいないのか?と、すがるような気持ちでネットを調べて出合ったのが「ADHD(注意欠陥・多動症)」という言葉でした。
ADHDの特性とされている項目をチェックすると、全部ではありませんが、かなり当てはまって。そこでメンタルクリニックに行って検査や問診を受けたら、やはりADHDと診断されました。
ADHDの診断を受けったときの最初の気持ちはショックではなく、むしろ「安堵と納得」。
「ああ、俺は怠けていたわけじゃなくて、脳の機能障害だったんだ。理由がちゃんとあるんだ」って。僕の特性の集中力とこだわり力を「困りごと」ではなく、「強み」に変えられないか? そこからすぐに会社を辞め、僕に出来て、しかも他の人よりも輝けることを探し始めました。
「僕は何で勝負する?」を考え抜いたニート時代
──仕事を辞めてすぐに葉っぱの切り絵を始めたのですか。
【リトさん】いいえ、しばらくは空白の期間がありました。幸いなことに僕は実家暮らしなので……。会社を辞めてしばらくは、ツイッターでADHDの悩みについて発信していました。ところが会社を辞めてみると、僕の場合は特に日常生活で大きく困ることはないのです。僕の悩みや困りごとは、だいたい職場で生まれているんだとそのときに気づきました。だからツイッターでつぶやくネタがなくなったんです。
その頃、住んでいる自治体が開いている就労希望者向けの講座を受けたんですが、そのときノートの余白に落書きをしていたときに、ひらめきました。
僕の「すごい集中力」という特性を活かし、ボールペンで書いた精密画に色を塗ったらアートになるんじゃないか?と。僕は絵が特に得意だったわけではないけれど、自分の特性を生かした絵を描いて発表するというのは我ながらいいアイデアだと思い、ツイッターにせっせと投稿。でも、最初こそ「いいね」がいっぱいもらえたんですが、だんだん飽きられて「いいね」も減ってきてしまいました。
その頃の僕はニート状態で、貯金も2万円くらいしかなくて。ペットボトルのお茶やジュース1日1本買うのが精一杯なくらいの状況だったので、「早く何か見つけて、結果を出さなくちゃ」と焦っていました。
そんなとき、「切り絵って手がある!」と思いついたんです。でも、紙の切り絵をやっている人は世界中にたくさんいる。もうひと工夫必要と考えていたときネットで出会ったのが、スペインのアーティストが発信している「reaf art(葉っぱのアート)」でした。葉っぱの真ん中から上が森になっていて、そこで動物たちが草を食べている、その繊細でやさしい世界観に引き込まれた僕は、葉っぱで切り絵をすることを心に決めます。その次の日には近所の公園に葉っぱを探しに行きました。2020年、33歳のときでした。
競技人口が少ない種目でがんばってみよう
【リトさん】葉っぱなら材料費もかからず、お金がない僕にもすぐ始められました。また、絵と違って切り絵、しかも紙ではなく葉っぱの切り絵というニッチなアートなら「競技人口」は少ない。だから、葉っぱの切り絵なら注目してもらえるかも?という期待もありました。
とにかく前に進むしかなかったので、さっそく最初の葉っぱ切り絵に挑戦したんですが、仕上がりはボロボロ。でも、そこでめげずにもう一回チャレンジしたら、まあまあ自分の納得できる作品ができたんです。「これはいける」と手ごたえを感じ、そこから葉っぱ切り絵をツイッターとインスタグラムで発表するようになりました。ツイッターにもインスタにも「いいね」がどんどんつき、フォロワーさんが日増しに増えていきました。
■■リトさんの「葉っぱ切り絵」が出来るまで
会社員としての弱点は、創作の時には強みになる
──葉っぱ切り絵を始めて1年余り。今やすっかり人気アーティストに仲間入りされましたね。
僕の特性が創作活動にはまったんですね。何かに夢中になると、周りの声も聞こえなくなるくらい集中するという僕の性質は会社員としては弱点でしたが、作品を産み出すときには「強み」になる。とくに細かい作品を仕上げるのには6時間程度かかりますが、まったく苦になりません。食事も忘れて葉っぱを切るのも当たり前です。
また僕は、葉っぱ切り絵を始めたときに「できる限り毎日作品を作って投稿する」と決めました。朝起きたらすぐ公園に葉っぱを探しに行くことから始まる「制作ルーティン」を毎日繰り返す。そんな継続力も僕の強みの1つだということに、葉っぱ切り絵を始めてから気づきました。
──2021年5月には初の作品集を発売。今はテレビ出演や展示会の開催など、活躍の場が広がっていますね。
【リトさん】あまりの変化に自分でも戸惑っています(笑)。僕の作品を見て、「やさしい気持ちになった」「寝る前に見ると勇気をもらえる」などと言ってくれる方が多く、とてもうれしいですね。
叱られっぱなしの会社員生活で自分はダメだと打ちのめされた僕が、居場所を変えたことで弱みを強みに変えることができました。合わない場所に自分を合わせるのではなく、自分に合う場所を探しに行く。そうすることで開ける道があることを、僕と同じような悩みをもっている人に伝えたい。それで僕は、ADHDであることを公表し、作品だけでなくADHDについても発信しています。
今秋以降は日本全国で展示会を開催していただき、僕も会場におじゃまします。僕のSNSにコメントしたり、応援してくださる方に会えるのは心から楽しみです。今後の夢は、国内だけなく海外にも出て、より多くの人に作品を届けること。その夢に向かい今日も、葉っぱ切り絵に向き合っています。
【作品展情報】
・2021年9月22日(水)〜26日(日)
★26日にリトさんのトークイベント&サイン会
@イオンレイクタウンmori
埼玉県越谷市レイクタウン3丁目1番地1
https://www.aeon-laketown.jp/mori/
・2021年9月18日(土)〜26日(日)
@イオンモール沖縄ライカム
沖縄県中頭郡北中城村字ライカム1番地
https://okinawarycom-aeonmall.com/
リト@葉っぱ切り絵
1986年、神奈川県生まれ。葉っぱ切り絵アーティスト。自身のADHDによる偏った集中力やこだわりを前向きに生かすために、2020 年より独学で制作をスタート。インスタグラム、ツイッターに投稿する葉っぱ切り絵が注目を集める。その作品は、「あさイチ」(NHK)、「王様のブランチ」「アッコにおまかせ!」(TBS)、「めざましテレビ」「ノンストップ!」(フジテレビ)といったTV 番組や新聞など国内メディアで続々と紹介されるほか、米国、英国、イタリア、フランス、ドイツ、ロシア、イラン、タイ、インド、台湾など、世界各国のネットメディアでも、驚きをもって取り上げられる。個展で販売される作品も、毎回即完売する人気。初作品集『いつでも君のそばにいる 小さなちいさな優しい世界 』(講談社)が大きな話題を呼んでいる。
撮影/川原崎宣喜 文/工藤千秋 編集/サンキュ!編集部
◎現在発売中の『サンキュ!』2021年11月号 130ページ「個性を認め合うSDGs」にもリトさんのインタビューを掲載!