【連載】熟れすぎMANGO VOL.115

2017/09/26

「「夫婦」を楽しむちはるのスーパーポジティブY談」をお届けします。

らくこの子守歌

 私は昔から寝付きがとびきり悪い。ホットミルクにハーブティー、バナナにアーモンド、快眠寝具に安眠グッズ、寝付きが良くなると聞けば片っ端から試したけど、どれもあまり効果が出ない。ここ数年は、もうこういう性分なのだと諦め、布団に入ってからぐだぐだする時間も楽しんじゃえという気持ちになった。

 そんな風に思えるようになったのは落語を聞き込めるようになったことが大きい。そう、私は近頃すっかり〝らくこ〞なのだ。落語にハマる女子、通称らくこ。ここのところ急増中だと聞くが、私もご多分にもれず、落語が面白くてしょうがない。一時間近い長尺のはなしも、寝付きの悪い私からすると、夢の入り口まで心地よく導いてくれる絵巻物。上手い落語は、喋りに小気味良いリズムやメロディまで響いてくようだし、舞台になっている江戸期や明治期の活気ある街並みやノスタルジックな情景が、まざまざと浮かびあがってきちゃうのだ。

 長い間、芸能界の端っこをうろうろしているので、落語家の方々とお会いする機会も多かった。勉強になるからと寄席に誘われたり、テープやDVDを勧められることも少なくなかった。しかし40代になるまで、こんなに奥深く素晴らしい文化に興味を持てなかったことを今となってはかなり後悔している。

 面白そうだけど、何から聞いたらいいか分からない。そういう方も多いだろう。私もそこで躊躇してしまっていた。私が落語にハマったきっかけは、チケットが最も取れない落語家と言われる立川談春さんが書いた『赤めだか』というエッセイ本を読んでから。ベストセラーになり、今年のお正月にテレビドラマ化もされたのでご存知の方も多いことだろう。敬愛する師匠、立川談志さんとの出会い、落語と向き合い何度も挫折しながら、愚直にその道を進み続ける若かりし日の談春さんや兄弟子たちの心の葛藤を生き生きと描いた絶品青春記だ。

 この本を読み終えて、すぐのことだったと思う。立川談志さんが亡くなった。訃報を聞いた夜、談志さんの「芝浜」を何気なく聞いた。初めて落語をしっかりと聞いて、笑って泣いた。本当にびっくりするほど涙が止まらなくて、その夜から私はまんまと談志さんに取り憑かれてしまったのだ。

「芝浜」は古典落語の演目。夫婦の愛情を滑稽にも温かく描いた人情ばなしだ。これは旦那くんにも聞かせたい。すっかり取り憑かれてしまった私は、後日、半ば強引にそれを聞かせてしまった。これが良くない。そういう芸術の押し売りは、トラウマにさえなってしまう。ましてや旦那くんはバリバリの関西人。いきなりの江戸落語は、お耳に合わなかったのだろう。途中でまんまと寝られてしまい、「こいつには談志さんは理解できない!」と一人ぷりぷり。

 関西の落語好きの友人にこの話をしたら、「それはアカン!」と笑われた。そして後日、その友人は人間国宝の上方落語家、桂米朝さんのDVDを大量に持って我が家にやって来た。さらに、かなり熱いウンチクと共に長い上映会をはじめたのだ。奇しくもそれから間もなく、米朝師匠も亡くなってしまった。去年の春のことだった。合掌。

 そんな訳で旦那くんはますます落語から遠のいたが、私はこの米朝師匠をきっかけに上方落語の魅力にもすっかり取り憑かれてしまった。夫婦で寄席に行って一緒に楽しめたらいいのだけれど、押し付けは禁物だ。若くてイケメンの落語家さんも近ごろは多くって、女同士で行く方が盛り上がったりもするしね。

 好きなはなしは、何度聞いてもいいものだ。いつの間にか覚えてしまっている部分も増えてきた。いつか人を泣き笑いさせる落語を披露できたらいいな。そんな生意気なことを思って、今夜も落語に耳を傾けながら、ぐだぐだする。

文/ちはる

ちはる テレビ、CF、著書の企画、 プロデュースなどで活躍中。2012年、14歳年下の旦那くんと再婚。 目黒でカフェ「チャム・アパートメント」を経営。

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