【サヘル・ローズさん】親を失くした私が貧困・いじめ・差別を生き延びてこられた理由
2022/04/28
【Profile】
サヘル・ローズ
俳優・タレント。1985年イラン生まれ。幼少時代を児童養護施設で過ごし、7歳のときにフローラ・ジャスミンの養女になる。8歳でフローラとともに日本に移住。高校在学中にラジオ局「J-WAVE」のオーディションに合格したのを機に芸能活動をスタート。現在はタレント活動と並行し、俳優として映画やテレビドラマ、舞台に出演している。2022年には日本育ちのクルド人の女子高校生を描いた国際ドラマ 『マイスモールランド』に出演した。国際人権NGOの活動にも積極的に参加。難民や病、貧困など、困難にある子どもたちに寄り添う活動を続けている。
HISTORY
1992年(8歳) 養母と来日後まもなくホームレスを経験。公園から小学校に通う
1997年(12歳)公立中学校に入学。貧困は継続。卒業までいじめにあう
2000年(15歳)都立の園芸高校に入学。
2003年(18歳)高校在学中にJ-WAVEのレポーターになる/大学に入学しITを専攻
2006年(21歳)大学在学中に声優養成の専門学校に入学し俳優を目指す/テレビのレポーターになる
2008年(23歳)舞台「志士たち」で俳優デビュー
2022年(35歳)日本で育ちのクルド人女子高校生を描いた国際共同制作ドラマ「マイスモールランド」に出演
今、つらいひとたちに「もう1日生きてみよう」と思ってもらいたい
――サヘルさんが初めての著書(『戦場から女優へ』文藝春秋刊)を出版してから13年後の今、再び本を出そうと思ったきっかけは?
【サヘルさん】いまの社会では、「言葉」が乱暴に扱われているなぁと感じることがとても多いです。面と向かっては決して言えないような言葉が、ネットの世界では当たり前に飛び交っている。140字の匿名のつぶやきが公開処刑のように、誰かを追い詰めたりもする。言葉には言霊が宿っています。発せられる言葉で、人を殺すことができるし、また、人を愛したり、抱きしめたりすることもできるのです。実際私も、SNSでの言葉に打ち砕かれたことが何度もあります。「芸能人だから仕方ない」という意見もありますが、私はそうは思いません。
こんな時代だから私は、大好きな日本語で、いまつらい状況にあるひとに寄り添ってみたいと思いました。戦禍のあとの混乱で身寄りを失くし、児童養護施設で育った私。8歳で養母のフローラの娘になって日本で暮らすようになってからは、貧困やいじめ、差別にも苦しみました。それでも私は、フローラや周囲のひとたちのおかげで生きています。俳優という素晴らしい仕事に出会い、充実した毎日を送っています。
だから次は、私が誰かに寄り添う番。養母フローラから受け取った言葉、それから私のなかで湧き出た言葉を束ねて、今、孤独を感じているひとに「もう1日生きてみよう」と思ってもらえるような花束をつくろうと思いました。それがこの本「言葉の花束」。書いては消し、書いては消し、の繰り返しで、書き上げるまでに2年かかりました。
――『言葉の花束』は14の章に分かれています。それぞれの章には「家族の縁に恵まれなかったアナタへ」「愛の注ぎ方に戸惑う親御さんへ」などのサブタイトルがついていて、誰かに宛てた手紙のようにも読むことができますね。
【サヘルさん】この本は、私がこれまで出会ってきた人たち、私を救ってくださった人たちを含む、すべての人に向けた手紙です。まるで14通の手紙のような構成にしたのは、本を手に取ってくださったかたが、「これは自分のことかもしれない」と感じた章や、興味をもった章から自由に読んでいただけたらいいなと思ったからです。
必ずしも全部の章を読まなくても、その人が背中を押してもらえる言葉に出会えますようにと願いながら、1章ずつ心を込めて書きました。
いつだって誰かがちゃんと見てくれている
――どの章もサヘルさんからの愛のメッセージがあふれていますが、加えて、サヘルさんが養母のフローラさんから受け取った言葉や、学生時代の恩師や芸能界の先輩など、サヘルさんがこれまでに出会ったたくさんの人たちからのエールが紹介されているのも印象的でした。
【サヘルさん】私がいくつもの困難を乗り越えてここまで生き延びられたのは、たくさんの人との出会いと、みなさんからの温かい言葉が支えてくださったおかげ。それは実は、誰もが同じだと思います。みなさんも日々、たくさんの人と出会っていますよね。ときには孤独やつらさを感じることがあったとしても、あなたの姿はいつだって誰かの瞳にはちゃんと映っているんですよ、ということを伝えたかったんです。
この本に限らず、私は普段からよく、周りの人から受け取った言葉をみなさんに紹介しています。「あの方がかけてくれた、こんな言葉に励まされました」って。でも、言葉をかけてくださったご本人は「え、そんなこと言ったっけ?」なんて、いっさい覚えていなかったりするんです(笑)。人って不思議なもので、言葉を伝えた本人がその言葉を発したこと自体忘れてしまうことが多いのだけれど、受け取ったほうはずっと大切に抱きしめているんですよね。
言葉は花束にも、武器にもなるから
――言葉は発した人ではなく、受け取った人に残る。そう考えると、私たち一人ひとりが日常的に発する言葉は、発した相手に対してすごく影響力があるということですよね。
【サヘルさん】そうなんです。言葉は相手への花束にもなるし、武器にもなる。ときには自分を守るための武器は必要ですが、他者を傷つける脅威であってはいけないんです。
私は自分の言葉が誰かにとっての花束、あるいは種になったらいいなと思っています。言葉を受け取った人の心にいつしか芽が出て、花が咲き、実を結ぶ。「あのとき、あの人があの言葉をかけてくれたから今の自分がある」と思えたら、自分はひとりぼっちじゃないんだって感じられるし、ポジティブに生きる勇気が湧いてくると思うんです。
――サヘルさんはこの先、どんな人に言葉の種をまいていきたいと思っていますか?
【サヘルさん】私と同じように児童養護施設で育った人たちに言葉を届けるのはもちろんですが、特に強く思っているのは「すべての大人に対して」です。不安定な社会のなかで、今、どんな大人も生きづらさを抱えています。未来を担う子どもたちを守るには、まず、大人が救われる社会を作っていくことが大切。そうでなくては、たとえば親から子への虐待の問題といった負の連鎖を断ち切ることはできません。
つらい思いをしている大人に私の言葉を届けることで、その人の心をデトックスするお手伝いが少しでもできたなら、本当にうれしいですね。
言葉の花束 困難を乗り切るための“自分育て” サヘル・ローズ・著/講談社 1300円(税抜価格)
撮影/久富健太郎(SPTNIK) へア・メイク/深山健太郎 取材・文/志村香織