【連載】書店員は、見た!「親孝行息子のリクエストは、オレに任せろ!」
2019/07/12
『サンキュ!』の取材でお会いしたYさん。書店の案内カウンターで働いています。毎日、本を探す人々から、さまざまな問い合わせを受ける日々。そのなかにある人間ドラマのあれこれをお伝えしています。
親孝行息子のリクエストは、オレに任せろ!
その日も書店は大忙し。図書カードの注文や贈り物の包装、お問い合わせが次々に。長い列の最後に並んでいた男子高校生がお会計まできたのを見届けたところで、隣のレジにいた同僚が、「ごめん! どうしても棚に出しておきたい本があるから、少しレジを離れてもいい?」「ここは任せろ!! オレのことは気にせず行け!!」とふざけて返事をすると、お会計中の高校生がブッと吹き出しました(仕事中の私語は慎みましょう)。
そんなことがあった数日後、その高校生が再来店。彼は大学進学が決まり、来月から一人暮らし。シングルマザーのお母さんに「たくさん苦労をかけたので、何かプレゼントをするよ」と伝えたら、お母さんの返事はなんと、「あたがいなくなったあと、泣いたりしたくないから、寂しさを忘れるくらい面白い本! 親子の泣かせる話は却下よ!!」
「難問!!」と私が言うと、彼は「この間、店員さんがふざけて言ったセリフ、母も言いそうだなと思って…。よい本を紹介してもらえるかな」と恥ずかしそうに言います。
かか、かわいい!! いい子!! よし、オレに任ろ!!(のせられるタイプ)。何冊か紹介したあと、「自分が読んで面白い物がいいんじゃないかな?」とアドバイスすると、「図館で読んでから決めます」。後日、きちんと読み終えて買いに来てくれました。今回は、お母さんがふだん読まないというジャンルのなかから2冊。
『あきない世傳 金と銀』は、私が絶対に面白いと太鼓判を押せる時代小説。私自身、次巻が待ち遠しい読者の1人なのです。もう1冊は、『本好きの下剋上』を。息子さんがふだんから親しんでいるライトノベルのなかから、本好きのお母さんに向けたセレクトです。彼は「初めて読みましたが、時代小説、面白かったです」と、プレゼントを抱えて帰りました。
そして、新学期が始まって1カ月がたったころ。彼のお母さんがお礼に来店。「泣くのを忘れるくらい面白い本とお願いしましたが、息子が買ってくれた物だと思うと泣けて泣けて(笑) !」。新天地で頑張る息子さんに、仕送りと一緒に送るのだと本を購入。「手紙を同封しようと思ったけど、湿っぽくなるから、やめるわ」。代わりにペンを取り出し、本の見返しに大きく「ガンバレ! ! !」と書き、息子さんとよく似た顔で、にっこり笑ったのでした。
*個人情報が特定されないよう一部脚色しています。
Yのおすすめする本
『あきない世傳~』は大人気の女性時代小説家によるシリーズ第1弾。奉公に出た娘が、商人の町大阪で、商売を学びながら成長していく物語。賢く、しなやかで清い主人公が道を切り開いていく様子を、応援せずにはいられません。すぐ続きが読みたくて書店に行きたくなるはず。『本好きの下剋上~』は、本を愛する主人公が、異世界で幼い少女に転生。その世界にはなんと、本がありません! 本を手に入れるために奮闘する少女の物語。ライトノベル入門におすすめ。
<書店員Yさん>
日本海側の町にある書店に勤務。1男1女の母。今回は新生活の始まるこの時期にぴったりの、大切に取っておいたエピソードだそう
イラスト/泰間敬視 文/書店員Y 構成/加藤郷子
『サンキュ!』2019年4月号より抜粋