そのお店は、世界有数の「本の街」神保町の駅を出てすぐの場所にありました。
店主の姉川二三夫さんは18歳の時に上京し、現在の「姉川書店」の前身となる「荒井南海堂書店」の書店員に。40歳を前に先代からお店を譲り受けて、現在もそこに立ちます。背筋がピンと伸びた姿は若々しくも、現在79歳。書店員歴60年以上の大ベテランです。
上京当時はとにかく忙しかったと言います。
「このあたりは学校が多くてね。そこに教科書を納品していたの。書店に立つというより毎日のように学校を回って、僕のような店員が3~4人はいましたよ」
その後、地下鉄開設に伴い一時休業した店を離れ、再び戻ったのが40年ほど前。その頃は雑誌ブームで、お得意先へ定期購読誌を届けることに追われて大忙しだったそう。
「お店を継いでと言われて継いで、なんとなくご縁のままに動いていただけです。ご縁に恵まれましたね」
謙虚にほほ笑む姉川さんですが、出版不況の波からは逃れられませんでした。
「本が売れなくなりましたし、売れる本は大型書店とネットに行ってしまって、うちのような小さな書店には配本されない。弱りました」
たまに帰省する娘には「いつ潰れてもおかしくないね」と言われる始末。潮時だろうかと考えることもあったそう。しかし、そんな娘さんから「猫に関する本がおもしろいから、扱ってみたら?」という提案が。
ものは試しと、入り口を入ってすぐの棚に「猫本コーナー」を作ります。
「私にはわからないようなことを、娘はよく調べてくるんですね。本は背表紙を並べてギュッと詰めるものだと思っていたら、それじゃダメだ、表紙を見せなきゃと言われたりして。猫本のセレクトもほぼ娘に任せました」
猫本を並べ始めると、お店に入り立ち止まって本を眺めたり手に取ってくれる人が増えたそう。
「本が売れることも大切だけれど、何よりお客さんが立ち止まるお店にしたかったの。小さい場所で、サーッと出られちゃうのは淋しくてね」
猫本コーナーはどんどん広がり、今ではほぼ店全体が猫関係の本に。通りがかりの人に限らず、このお店を目当てに海外からのお客様まで頻繁に訪れるようになりました。お客様と会話する機会も増えました。
「次また来てくれると嬉しいなと思って。しつこくならない程度に声を掛けたりもします(笑)」
取材中もひっきりなしにお客様が訪れ、店内をゆっくり周り、お気に入りを手に取っていく。会計のときにオリジナルのカバーを掛けながら「遠いところから来てくださって…」なんて会話が。
二三夫さんに、猫がお好きなんですか?と聞くと「猫好きなのは娘。私は動物はみんな好きだけれど、とりたてて猫というわけでもなかったのよ」とのお答え。書店員になったもの本が好きだったからではない。
「でも、だんだん覚えてくるの。本のことも。今は猫にも詳しくなりました。食べちゃいけない物はなにかとか」と、嬉しそう。きっとどんどん好きになり、楽しくて仕方がなくなっているのでしょう。
姉川さんの柔らかい姿勢と娘さんのとびきりの企画力が、本の街神保町に猫好きのためのパラダイスを誕生させたようです。
神保町にゃんこ堂_姉川書店
東京都千代田区神田神保町2-2
東京メトロ、都営地下鉄「神保町駅」A4出口すぐ
*会計は現金のみ。欲しい本に出逢ってしまうので、先にお金をおろしてから来店することをお勧めします!
撮影/林ひろし 取材・文/飯塚真希(サンキュ!編集部)