本に囲まれて暮らす夢を、会社員を続けながら叶えた住まいにお邪魔しました

2025/04/21

「本に囲まれて暮らしたい」

本好きならば一度は見る夢を、都心のエアポケットのような場所で叶えている人がいました。

SNSのアカウントから、予約をとって訪ねてみました。山手線の内側。駅前には大小さまざまなビルとキラキラしたウインドウが並びます。そこから少し歩き坂を上がった場所にタイル貼りのいい感じに古そうなマンションが現れました。

目的地はそのマンションの一室にあります。

60年代に建築されたマンションは、エントランスの床や壁など凝った意匠も印象的

見晴らしのいい外廊下を歩いて部屋のチャイムを鳴らしてお邪魔します。図書館のように部屋の奥へと書棚が並び、書棚だけではなく床にも窓際にも本が積まれています。家主の真衣さんと一緒につやつやしたグレーの毛並の猫が出迎えてくれました。

真衣さんと猫に連れられて書棚の奥まで進む途中で、さっきまで使われていたようなお皿がシンクに残されたキッチンと、PCの置かれた作業デスクを発見。

「ここに住んでいるんです」

奥に現れたリビングからは、波状のポリカーボネートで仕切られただけのベッドルームも見えました。

本棚だらけの、ここに、住んでる?!

2匹の猫と暮らしているが、人前に出てくれるのはこのグレーの子だけ
書棚と並んで作業デスクやキッチンも配置されている
暮らす様子が見えるキッチン

子どものころから本が好きで、本に囲まれて暮らしたい。そこに人々が出入りして新しくつながりができたりしたら、楽しいだろうな。

その夢をかなえたいと堅田さんは模索しました。会社員として働きながら書店を経営するのは難しい。本を売ることが目的じゃない。新しい本と出会いつつ、自分の本も陳列したい。親しい友人に限らず、様々な人に気兼ねなく出入りしてほしい。そしてそこからコミュニティが生まれてほしい。

そこで、自前の本も新しい本もどちらも並べられる書棚に囲まれた部屋を作り、その中に住まい、ときどき他人に開放するという今のスタイルができてきました。

部屋の中央に生活スペースがあって、両サイドに書棚が並んでいる感じ。写真は玄関を入って右手側の眺め
書棚を抜けた先に、リビングダイニングのようなスペースがある。右手に映っているのは寝室の戸

「外部の人が出入り自由で、しかも住みたくなる場所ってなかなか見つからなくて。やっと出逢ったのがここでした」。元は写真家が住んでいたという部屋を、建築士と相談しながらリノベーションして書棚をつくり、キッチンを作り、住まい兼ブックコミュニティにしていきました。

知らない人を呼ぶことを心配する声もあったそう。そんな中、ある友人からは「住み開き」という言葉をもらいました。自宅の一部を開放してパブリックスペースとして共有することにつけられた言葉だそうです。

キッチンでお茶を入れて、訪れた人にふるまうことも

地元が金沢で大学も金沢。幼い頃からずっと「ご近所」というコミュニティが傍にあったという真衣さん。就職して東京に一人出てきてハッとします。「気づいたら、話すのは仕事関係の人だけだった」。密なつながりというほどでもなく、でも約束しなくてもふらりと訪ねられるようなそんな関係をつくりたい。本と住みたいということともう一つ、重要な目的でもありました。

だから、本を売るための「本屋さん」と言うには違和感のある形態です。書棚には買える本と買えない本があります。新刊も古本もZINEもあります。他人が置いて行った本もあります。そして何よりそこは、店主が暮らしている部屋でもあるのです。

訪れた人が値段をつけて置いて行った本もある
タイトルをメモした木材が挟まれているのは、貸し出し中の本のしるし
実家から連れてきた、ボロボロになるまで読み込んだ本も並んでいる

基本は週末だけの開放で、一見さんだけ事前のアポイントが必要。

「運営のルールはあえて曖昧で、流動してもいいと思っています。初めて来てもすぐになじんじゃう人もいれば、ちょっと戸惑う人もいます(笑) 人それぞれでいいんです」

ときどき開かれるワークショップのテーマは、編み物や料理など本とは一見関係なさそうなものも。読書会を開いたときに来てくれた人がたまたま編み物を教えたいと思っていたりして、なんとなくつながって広がっていったのだそう。

「本っていろいろな軸になれる。編み物の本もあるし料理の本もあるし旅の本もあるし……政治について語ったりメンタルヘルスを語ったり。初対面の人とも本を通すとそんな話までできることがある」

人の暮らしを覗くのが好き。自分の暮らしもありのままに見せることに抵抗がない
光沢のある面を持つ厚い棚板が並んでいるのは相談した建築士さんからの提案。こうすることで本棚がリズミカルになり、光も程よく採り入れられる

このスペースの名前である「daily practice」とは日々の練習という意味。家と本棚を開くことでどんな化学反応が起こるのか? そしてここは家なのか図書館なのか公民館なのか?? そんな不思議なスペースで、真衣さんは日々思考の実験をしているかのようです。

撮影/市原慶子 取材・文/飯塚真希(サンキュ!編集部)

 
 

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