「本に囲まれて暮らしたい」
本好きならば一度は見る夢を、都心のエアポケットのような場所で叶えている人がいました。
SNSのアカウントから、予約をとって訪ねてみました。山手線の内側。駅前には大小さまざまなビルとキラキラしたウインドウが並びます。そこから少し歩き坂を上がった場所にタイル貼りのいい感じに古そうなマンションが現れました。
目的地はそのマンションの一室にあります。
見晴らしのいい外廊下を歩いて部屋のチャイムを鳴らしてお邪魔します。図書館のように部屋の奥へと書棚が並び、書棚だけではなく床にも窓際にも本が積まれています。家主の真衣さんと一緒につやつやしたグレーの毛並の猫が出迎えてくれました。
真衣さんと猫に連れられて書棚の奥まで進む途中で、さっきまで使われていたようなお皿がシンクに残されたキッチンと、PCの置かれた作業デスクを発見。
「ここに住んでいるんです」
奥に現れたリビングからは、波状のポリカーボネートで仕切られただけのベッドルームも見えました。
本棚だらけの、ここに、住んでる?!
子どものころから本が好きで、本に囲まれて暮らしたい。そこに人々が出入りして新しくつながりができたりしたら、楽しいだろうな。
その夢をかなえたいと堅田さんは模索しました。会社員として働きながら書店を経営するのは難しい。本を売ることが目的じゃない。新しい本と出会いつつ、自分の本も陳列したい。親しい友人に限らず、様々な人に気兼ねなく出入りしてほしい。そしてそこからコミュニティが生まれてほしい。
そこで、自前の本も新しい本もどちらも並べられる書棚に囲まれた部屋を作り、その中に住まい、ときどき他人に開放するという今のスタイルができてきました。
「外部の人が出入り自由で、しかも住みたくなる場所ってなかなか見つからなくて。やっと出逢ったのがここでした」。元は写真家が住んでいたという部屋を、建築士と相談しながらリノベーションして書棚をつくり、キッチンを作り、住まい兼ブックコミュニティにしていきました。
知らない人を呼ぶことを心配する声もあったそう。そんな中、ある友人からは「住み開き」という言葉をもらいました。自宅の一部を開放してパブリックスペースとして共有することにつけられた言葉だそうです。
地元が金沢で大学も金沢。幼い頃からずっと「ご近所」というコミュニティが傍にあったという真衣さん。就職して東京に一人出てきてハッとします。「気づいたら、話すのは仕事関係の人だけだった」。密なつながりというほどでもなく、でも約束しなくてもふらりと訪ねられるようなそんな関係をつくりたい。本と住みたいということともう一つ、重要な目的でもありました。
だから、本を売るための「本屋さん」と言うには違和感のある形態です。書棚には買える本と買えない本があります。新刊も古本もZINEもあります。他人が置いて行った本もあります。そして何よりそこは、店主が暮らしている部屋でもあるのです。
基本は週末だけの開放で、一見さんだけ事前のアポイントが必要。
「運営のルールはあえて曖昧で、流動してもいいと思っています。初めて来てもすぐになじんじゃう人もいれば、ちょっと戸惑う人もいます(笑) 人それぞれでいいんです」
ときどき開かれるワークショップのテーマは、編み物や料理など本とは一見関係なさそうなものも。読書会を開いたときに来てくれた人がたまたま編み物を教えたいと思っていたりして、なんとなくつながって広がっていったのだそう。
「本っていろいろな軸になれる。編み物の本もあるし料理の本もあるし旅の本もあるし……政治について語ったりメンタルヘルスを語ったり。初対面の人とも本を通すとそんな話までできることがある」
このスペースの名前である「daily practice」とは日々の練習という意味。家と本棚を開くことでどんな化学反応が起こるのか? そしてここは家なのか図書館なのか公民館なのか?? そんな不思議なスペースで、真衣さんは日々思考の実験をしているかのようです。
撮影/市原慶子 取材・文/飯塚真希(サンキュ!編集部)