父と娘の抵触に関する論争

幸せ夫婦を装う夫と、妻の“危うい”決断~小説・妻たちの千夜一夜物語~

2019/06/30

「恋人・夫婦仲相談所」所長として、長年夫婦関係の悩みやトラブル解決と向き合ってきた三松真由美さん。本連載では、三松さんが相談・取材を通じて知ったさまざまな“夫婦のカタチ”を、“妻たち”の視点から、小説にしてお届けします。

今回のテーマは「仮面夫婦」。今回のテーマは「仮面夫婦」。近所でも評判の仲良し夫婦だが、家庭内での実態はその真逆…という状態に追い詰められた妻が取った行動とは。

小説・妻たちの千夜一夜物語~第三夜~【後編】

<【第二夜・前編】「仮面夫婦、妻の告白」のあらすじ>
千草(37歳)の夫・圭吾は、近所でも評判の愛妻家で知られていた。しかし、紗理奈のネイルサロンを訪れた千草は、思いつめた様子で「夫は二重人格」と明かす。仲良し夫婦の実態は、強権的な夫とそれに苦しむ妻、という周囲の評判とは真逆の「仮面夫婦」だった。

千草・37歳: 妻の“危うい”決断

窓の外の携帯電話を使用して話す若いワーカーの背面ビューの肖像画。女性ビジネスを呼び出す、夕方彼女の職場で忙しいこと。
undrey/gettyimages

「千草さん…今のままで大丈夫ですか?」

「離婚はしません。娘には迷惑をかけたくないし、私にはひどい夫でも、パパとしては優しい人だから。時間があれば絵本を読んでくれるし、娘が行きたがる場所ならどこでも連れてってくれる。本音を言えば、娘にほほえみかける笑顔を、私にも見せて欲しいけど…」


私はつい、突っ込んで聞きたくなりました。


「浮気をしてるってことはないんですかね?」

「浮気の気配はないかな。定時に帰宅するし、休日は娘と遊んでるから。たまに私だけ置いて、埼玉にある彼の実家に遊びに行くことはあるけど、子どもが一緒のときに浮気はできないですよ。夜の交渉?そんなものあるわけないじゃないですか。娘が生まれてから1度も一緒の部屋で寝たことはありません。私のこと、女として見てくれてないんですから。唯一の救いは、娘を育てるママとしては見てくれていることくらい。もしそれすらなかったら、私って誰にも必要とされない存在になってしまう。そうなったら心細くて…」


千草さんの声がまた震えてきました。私はまずいと思い、施術を再開するためにボトルのふたを開けました。


「それでいつもと違うマットなブルーですか…違う雰囲気のネイルなら旦那さんが気づいてくれるかもしれないですもんね。やっぱり女性として大事にされたいですよね。きれいになって、振り向かせましょうよ!」


千草さんがまたイヤイヤと言わんばかりに顔を横に振りました。


「紗里那さん、女性の旬の時期ってわかりますか。私は30代だと思ってます。もちろん20代は、ハツラツとしてきれいだけど、30代で夫や恋人に深く愛されてると、きれいなまま年をとっていくことができる……私はそう考えているんです。紗里那さんはとてもおきれいですね。好きなことを仕事にしてて、いきいきしてる。旦那さんに大切にされてることもよくわかります」

「まあ、うちの夫は裏表ないかな…仕事のことも相談にのってくれるし」

「いいな、すてきなご夫婦です。わたし、今のまま30代を終えたくないんです。うちの姉が44歳なんですけど、私よりずっと若く見えてすごく魅力的。顔の作りは私と似てるのに、あんなふうにきれいに年を重ねることができてるのは…お義兄さんがすごく愛してくれるからだと思う。お義兄さんは、姉のことが大好きって、家族や親戚の前でも平気で言う人なんです。以前、姉に意地悪っぽく聞いたことあるんでよ。『人前でだけ仲良くしてるんでしょ』って?そしたら『家でもずっとベタベタしてるし、千春ちゃんがいないと僕は生きる意味がなくなるって言われるよ』って、嬉しそうに否定されました。そのとき悟ったんです。夫に愛される妻はずっときれいでいられるんだなって」

「そ、そうかなぁ…」

「だから、解決策を考えたんです。仮面夫婦の状態はこの先もずっとずっと続くに違いないから、夫に愛してもらおうなんて無理な話。だったらほかのひとに、私のことを愛してもらうのがいいんじゃないかって。」

離婚はしない、でも寂しくてしかたない…

女性が憂うつ
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「それって…千草さんが不倫したいってことですか」

この日初めて、千草さんが首を縦に振りました。自分の気持を確認するようにゆっくりと。リビングの隅にある水槽を泳ぐ熱帯魚の動きが一瞬止まったような、そんな気がしました。


「私の寂しさ、もう限界なんです。夫に対する憎しみや悔しさを通り越して、いまは寂しくてしかたない。娘はどんどん大きくなって、やがて結婚して家を出ていく。そのとき、家には私のことをお手伝いさんとしか扱ってくれない暴君の爺さんしかいない。いやです。そんな将来。でも、さっきも言ったとおり離婚はしません。娘にとってはいつまでも両親としていてやりたい。経済的にも離婚しないほうがいいでしょう。ママとしては必要としてくれるんだから、そこに私の存在の意味があります。だったらせめてきれいに年を取っていきたい」

「ちょっと待ってくださいよ。相手を探すといっても、どうやって?だって、お金はないんですよね」


私は興奮してしまって、矢継ぎ早に質問をたたみかけました。


「圭吾はよく娘を連れて車で出かけます。実家にも行くし、子どもの遊び場にも1日がかりで出かけます。だから、私には自由な時間がある。お金は…相手の人に出してもらえばいい。幸い、“きれいにしておくための費用”なら用意できますから」

「でも、どうやって相手を見つけるんですか?」

携帯電話や飲み物に女性座って使いスマート ホーム コントロールのアプリケーションは、オートメーション技術の家の外のコーヒーを奪います。
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「紗里那さん、意外に奥手なんですね。出会い系サイトもマッチングアプリも星の数ほどあるじゃないですか。それに私、おもしろい噂を聞いたことがあるんです。隣町の映画館、水曜のレディスデーのお昼前の上映時に、14列目のとある席に1人で座ると、それを目的にした男性が隣に座るっていう話。そこからカフェやホテルに向かって夕方にサヨナラすると家族にわからないように続けることができるって」

「なんですか!?その都市伝説みたいな話…え、まさか今度の水曜に映画館行くからブルーのネイル?」

千草さんが、5本の指をピンと伸ばして天井にかざしました。その時の顔つきは、今までの辛そうな顔とまったく違い、いたずらをたくらむやんちゃな少女のように見えます。しかし私は、そんな千草さんの無邪気な表情とは裏腹に、夫婦の今後により深い不安を抱かずにはいられませんでした。

三松真由美の解説: 仮面夫婦に陥りやすいケースとは?

クローズ アップ。男と女は、手をしっかりとホールドします。
vadimguzhva/gettyimages

「仮面夫婦」その字が示すとおり、仲良し夫婦の仮面をかぶった冷え切った夫婦のことです。周囲に人がいないと仮面を取る。するとお互いの不満や苛立ちがストレートに現れます。

仮面夫婦の妻側からよく聞く言葉に「私だけが損してる」というものがあります。ママ友や職場の女性友達は「やさしい夫」を持ち、結婚生活が充実している。それを見るたびに「私だっていつも笑いあえる家族でいたかった。結婚生活が幸せじゃないなんて損だ」と思い悩むのです。

そして、損得を気にする妻は損を夫のせいにしがちです。損得を考えると離婚はしません。自分の感情より生活の安定、世間体の順位が上位に上がってきます。そして諦める、黙り込む、受け流す、やり過ごす…この4つの動作を繰り返します。このマインドが続くと、相手も同じ状況になります。夫婦の気持ちはたとえ冷え切っていても共鳴するのです。

では仮面夫婦を自覚したらどうすればよいのでしょうか?仮面夫婦になりかけているけれど予防するにはどうすればいいのか?

決定的な理由がなければ離婚は考えないのが仮面夫婦。だからと言って、今回の千草さんのように、不倫に走るのは賢い対応とは言えません。夫との冷めた関係に苦しみ、その寂しさを埋める相手と関係を重ねる…なんてことが、一生続くとは考えにくいです。

絶対に離婚という選択肢がないのであれば、少しでも改善して心の安寧を得ることが先決。そのヒントとなるのが、前述した「夫婦の気持ちは共鳴する」です。

夫が黙れば妻も黙る、夫が妻を見下せば妻も夫を見下す…この方程式を逆に使えばいいのです。黙り込まない。受け流さない。やり過ごさない、妻が笑えば夫も笑うのです。

この方程式を馬鹿にしないで実践していれば、いつか仮面がスッとずれるかもしれません。本音でぶつかりあってみてください。かっこ悪いところを見せ合うことで、信頼感は強まります。夫婦でかっこつけ合っていては、進歩がありませんよ。


◆監修・執筆/三松 真由美
会員数1万3,000名を超えるコミュニティサイト「恋人・夫婦仲相談所」所長として、テレビ、ラジオ、新聞、Webなど多数のメディアに出演、執筆。夫婦仲の改善方法や、セックスレス問題などに関する情報を発信している。『堂々再婚』『モンスターワイフ』など著書多数。

 
 

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