仮面夫婦、妻の告白~小説・妻たちの千夜一夜物語~
2019/06/30
「恋人・夫婦仲相談所」所長として、長年夫婦関係の悩みやトラブル解決と向き合ってきた三松真由美さん。本連載では、三松さんが相談・取材を通じて知ったさまざまな“夫婦のカタチ”を、“妻たち”の視点から小説にしてお届けします。
今回のテーマは「仮面夫婦」。近所でも評判の仲良し夫婦だが、家庭内での実態はその真逆…追い詰められた妻が取った行動とは。
小説・妻たちの千夜一夜物語~第三夜~【前編】
わたしの名前は澄川紗里那。夫と娘が2人いますが、下の子が高校に入ると同時に自宅でネイルサロンを開きました。サロン名は“マーメイド”。看板を出さずにリビングでこぢんまり行っています。そのせいか、訪れる方々はネイル中に、ポツンポツンとたわいない話をしてくれます。
お子さんの悩み、旦那さんの愚痴……そして、ここでしか言えない内緒の話。そんなお話を毎日毎日聞いていると、ふっとアラビアンナイトを思い出します。妻が千人いれば、妻の数だけ秘め事がある。こっそりとひとつずつお話しましょうか。
■千草・37歳:夫は二重人格
土曜の夕方は家族で過ごしたいのでネイルの予約は取らないようにしていますが、その日はうちの夫が留守だったので千草さんの予約を受けました。
千草さんは一重まぶたで切れ長の眼、前髪をセンター分けしたボブカット。派手さはないけどしっとりとした、嫌味のない和風顔です。モスグリーンで体のラインが見えない少し大きめのシャツにベージュのワイドパンツ。ゆるめでカジュアルなファッションがお好きなようです。
お子さんは幼稚園年長の女の子で、旦那さんは電気部品メーカーにお勤め。うちに通ってくれている亜佐子さんの紹介で、数カ月前から定期的に来店してくれています。いつもは水曜午後の予約なのに、なぜか今日は土曜を希望されたのです。
「千草さん、週末なのに旦那さんのお食事つくらなくていいんですか?この前、亜佐子さんがいらしたとき、千草さんご夫婦はほんと仲睦まじくてうらやましいって言ってましたよ。家族同士でバーベキューしたとき、千草さんのこと、旦那さんがすごく気遣ってたって」
そう話したとき、千草さんが一瞬険しい表情になりました。しまった、喧嘩中だったかなと思い、すぐに謝りました。
「すみません、プライベートなこと聞いちゃって。あっ、今日はいつものオレンジ系のマーブルにしますか?濃いめのピンクもきれいですけど」
「そうですね…マットなブルーにしようかな。いつもと雰囲気が違うネイルにしてみたいから」
いつもとは正反対の暗いトーンの指定に、わたしは何か胸騒ぎのようなものを感じました。そんな私の気持ちを察したのか、千草さんが言葉を選ぶようにポツポツと語り始めました。
「紗里那さん、ちょっと話聞いてもらえます?なんだか気分がモヤモヤして」
私は手を止め、彼女のほうに顔を向けます。すると、いきなり耳を疑うような言葉が飛び出したのです。
「うちの夫、圭吾って、二重人格なんです」
「え、なんて?二重…人格…?」
「そう。人前で話す時と家にいる時の態度が全然違う。まったくの別人。亜佐子さんのご家族とはよく一緒に出かけるんですけど、その時はほがらかなんです。ずーっとニコニコしてて、みんなを笑わせようとギャグも言ったりして…陽気な夫を演じてるの」
「演じてる…って」
わたしはいったん、ジェルネイルのボトルのふたを閉め、しっかりと話を聞く姿勢を取りました。
「圭吾は表向き、人を引っ張ってゆくタイプ。高校の時は生徒会長で、いまはマンションの自治会でもリーダーのような役割を自分から買って出ているの」
「幼稚園行事にもパパがよく参加してるって、亜佐子さんから聞いてますよ」
千草さんが頭を横に振ります。イヤイヤする幼な子のように。
「そう、だからまわりからは『頼りがいのある旦那さんね』ってよく言われるんだけど…違うの。外での圭吾は、私の前とでは別人格なの!」
語尾を荒げて言い放つ千草さんの目を見ると、今にも涙が溢れそうです。
「お茶入れましょうか…今日は娘たち、友達と晩ごはん食べるってLINE来たから、ゆっくりネイルできますし」
評判の仲良し夫婦、その実態は幸せを装う「仮面夫婦」
熱い緑茶を一口すすって千草さんは落ち着いたようで、続きを話し始めました。
「圭吾とは職場結婚なんです。同期で入社して、すぐに付き合いはじめてそのまま結婚。妊娠をきっかけに私は退職して子育てに専念…本当はそのまま勤めていたかったんですけどね。だから、娘が小学校に入ったらパート始めようかと思ってるんです。今のままじゃ、自分のためのお金がなくて自由に動けないから。ネイル代やお洋服くらい自分で稼いだお金で出したいし」
「旦那さんが、生活費をくれないってことですか?」
「最低限の費用しか渡してくれません。家族3人で使う分と、娘の分だけ。私に必要なお金は、用途を告げて頭を下げてお願いしないと出してくれないの」
「なんでそんなひどいことを…なにか、そうなってしまった原因があるんですか?」
「彼の言い分では、子どもができて私が変わった、ってことらしいんです。家事をさぼるし、自分のことを蔑むように見るし、服の趣味も悪くなって色気が感じられなくなったって」
「じゃあ、ネイルは…」
「『もっときれいにしろ』って言われたから始めたんです。きれいにするための費用なら出してくれるから。でも、紗里那さんにきれいなネイルをしてもらっても、結局は知らんぷり。私のことなんか見てくれないんです」
「家ではそんないばった暴君みたいな人なのに、外ヅラはいいんですね…」
千草さんがコクンと小さく頷きます。
「明るくてやさしそうなパパって言われたいんです。だから、人前では妻を大事にする“理想の夫”を演じている。亜佐子さん達とバーベキューしたときも、私のお皿に肉を盛ってくれたり、ドリンクをこまめに注いでくれたり、『ママにはいつも元気でいてほしいよ』って笑いかけたり…家では絶対しないことをわざとして、幸せ夫婦を装ってる…」
「それって」
「そう、仮面夫婦ですよね」
私はかける言葉を失いました。
◇◇後編につづく◇◇
◆監修・執筆/三松 真由美
会員数1万3,000名を超えるコミュニティサイト「恋人・夫婦仲相談所」所長として、テレビ、ラジオ、新聞、Webなど多数のメディアに出演、執筆。夫婦仲の改善方法や、セックスレス問題などに関する情報を発信している。『堂々再婚』『モンスターワイフ』など著書多数。