【連載】熟れすぎMANGO VOL.118

2017/10/05

「夫婦」を楽しむちはるのスーパーポジティブY談」

モヤモヤの向こう側

 うちのカフェで11年働いてくれていた店長が辞めた。大勇退で!と言いたいところだが、そうではない。私には残念な終わり方だった。

 1年ほど前から彼の様子は明らかにおかしくなった。もともと仕事の愚痴や人の陰口を言うタイプでは決してなかったのだが、少しずつそんな呪いの言葉が増えていった。長女の保育園がなかなか見つからなかったり、色々とストレスが溜まっているのかな?と心配になり、話を聞こうと試みても、どこか他人行儀でそっけない。いつしか私との会話もどんどん浅く少なくなっていった。

 彼のそんな様子と比例してお店の売り上げは徐々に低下していった。店の若いスタッフも店長に対して苦手意識を持つ子が増えていった。でも彼なら何とかしてくれるだろう。これまで色んな試練を一緒に乗り越えてきたのだ。今は調子が悪いだけ。私は彼を信じきっていた。

 今年の春、私の誕生日。税理士の先生と店長と3人で今期の最悪な決算を振り返るミーティングをしていた。そんな最中、店長が急に切り出した。「実は、僕は、再来月から独立することに決まりました」…へ?何言ってるの?私は混乱しすぎて、「どこで?」と、妙に明るい合いの手を入れてしまった。彼の口元は緊張で歪んでいて、手入れをしていない口髭が小刻みに揺れていた。ああ、とんだ誕生日プレゼントをいただいてしまった。

 なぜ、もっと早くから相談してくれなかったんだろう?店長の独立の話は、彼が結婚した時、新居を買った時、家族が増えた時も、やる気になったらいつでも応援するからと話していたことだった。何よりショックだったのは、古い付き合いの内装作家さんから連絡が入ったこと。「店長から独立する店の仕事を頼まれたんだけど、ちはるさんには内緒でと言われて、どうしたら良いもんかと…」まじかぁ、きちんと向き合ってのケジメの挨拶もなく、人の繋がりも簡単に飛び越えちゃうのかよ。彼は周囲にモヤモヤをまき散らかしたまんま、電撃発表から1カ月後に11年勤めたお店をアッサリと去って行った。

 新しい店長に変わり、店は大きく方向転換した。止まっていたことが動きだし、見通しも風通りも良くなった。もしかしたら、彼は最高の「悪役」を演じてくれたのかもしれない。時々ふと、そんな風に思うことがある。開店祝いには嫌味なぐらい大きな花を送ってやろう。頑張れ!頑張る!

文/ちはる

ちはる/テレビ、CF、著書の企画、 プロデュースなどで活躍中。12年、14歳年下の旦那くんと再婚。 目黒でカフェ「チャム・アパートメント」を経営。

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