「芳(かんば)しくない」とは?「思わしくない」との違いやビジネス文書での使い方も徹底解説
2022/10/07
「今日は体調が芳しくないので遠慮させてもらいます」
「進捗は芳しくありません」
ビジネスシーンにおいて、「芳(かんば)しくない」という言葉は一定の頻度で耳にする、あるいは見かける非常に便利な言葉です。
多くの人が耳にしたことのあるこの言葉ですが、言葉の意味や使い方について正しく理解して使用している人は意外と少ないのではないでしょうか。
本記事では、そんな「芳しくない」について、その意味を類義語や対義語、例文などを用いて詳しく解説します。
本解説を読み、便利な反面誤用の多い「芳しくない」を、今日から正しく使いこなせるようになりましょう。
「芳しくない」とは?
「芳しくない」は、「芳しい」という言葉に「ない」という否定語が付いた形容詞です。打消しの言葉が付いていることからも想像できるように、状態が良くないことを表す際などに使用されています。
ビジネスシーンでもよく利用される言葉ではありますが、「芳しくない」は誤用も多く、言葉の意味を正しく説明できる人は意外と少ないのではないでしょうか。
正しい形で使用するためにも、まずは言葉の読み方や意味、その語源などからを正しく理解しましょう。
「芳しくない」の読み方・意味
「芳しくない」は「かんばしくない」と読み、今の状況や状態を表す際に使用する言葉です。「芳しくない」の辞書的な意味合いは以下の通りです。
「芳しくない(かんばしくない)」とは調子が良くない、進捗が遅い、出来が悪い、などあまり良く無い状態であること。形容詞「芳しい」の連用形である「芳しく」に、打消の助動詞「ない」が付いた形。
「芳しくない」は、ただ単純に「進捗が悪い」といった直接的な言葉よりも、少し婉曲的な表現が適している際に使用されることが多い言葉です。
たとえば、ビジネスシーンで「進捗が悪いです」と伝えるよりも、「進捗は芳しくありません」と伝えた方が、聞き手により丁寧な印象を与えられます。
このように、「芳しくない」には「想定(予測)よりも良くない」のような、話し手の期待に反して状況が良くないというニュアンスを聞き手に伝えたい際に重宝する言葉です。
「芳しくない」の語源
「芳しくない」は、そもそもが「芳しい」という言葉に「ない」という打消しの言葉を付けた否定語です。
では、「芳しい」とは一体どういった意味の言葉なのでしょうか。
芳しい(かんばしい)「かぐわしい」の音変化
1.においがよい。こうばしい。
2.(多く打消しの語を伴って用いる)好ましいもの、りっぱなものと認められるさま。
「芳しい」は上記の通り、香りが良いことを表す「香しい(かぐわしい)」が由来・語源の言葉とされています。
多くの辞書で「芳しい」という言葉の意味として、「好ましいもの」や「りっぱなもの」と記載もありますが、「香しい」の意味合い以外で、良い状態のものに対して「芳しい」を使用することはあまりありません。
「芳しくない」の類義語
「芳しくない」とは、物事があまり良くない状態であることを表す際に使用される言葉の1つです。
直接的な表現ではなく、少し間接的な言い回しとしたい際に利用する言葉のため、その類義語も同様に間接的な物言いをしたい際に使用する言葉です。
中には日常会話では使用することの少ない言葉もあるため、表現の違いや使い分けについて具体的に解説していきます。
好ましくない
「好ましくない」は、「好ましい」の否定で、「そうであるとよい、とはいえない状態」とされています。
「好ましくない」は、ただ単純に悪いのではなく、どちらかといえば良くない状態だと遠回しに表現したい際に使用する言葉です。
状態の良し悪しを表現する際には「芳しくない」と同義で使われますが、物事の進捗状況に言及する際などに「進捗が好ましくない」のような形では使用されません。
望ましくない
「望ましくない」は、「そうあってほしい」、「願わしい」という意味の言葉である「望ましい」に打消しの「ない」が付いた形で使われる言葉です。
「望ましくない」は、話し手の希望に反して良くない状態であることを表現したい際に使用されます。「好ましくない」と同様に、進捗状況に言及する際には使用されません。
万全ではない
「万全」は、「少しも手落ちのないこと」、「きわめて完全なこと」という意味の言葉です。
「万全ではない」は、この「万全」に打消しの「ではない」が付いた言葉で、完全ではない状態、どちらかと言えば良くない状態を表現する言葉です。
主に体調を主語に取って使われることが多い言葉で、「芳しくない」に比べると使用されるシーンは限定されます。
その他の類語同様、進捗状況に言及する際には使用されません。
はかばかしくない
「はかばかしくない」は、「捗々しい(はかばかしい)」という形容詞に打消しの「ない」が付いた言葉です。
「捗々しい」という言葉自体あまり日常会話で使われませんが、「芳しい」と同様多くの意味を含むため、汎用性の高い言葉でもあります。
捗々しい(はかばかしい)
1.物事が望ましい方向へ進むさま。
2.際立っている。はっきりしている。
3.頼りがいがある。しっかりしている。
4.身分や行動がきちんとしている。ちゃんとしている。
5.表向きで堂々としているさま。れっきとしている。
6.ふてぶてしくて、したたかである。
「はかばかしくない」は、「思うように進捗しない」「進行状況が思わしくない」といった表現の言葉です。主にビジネスシーンにおいて、前述の1.2.に否定語を付けたような意味合いで使用されることが多いようです。
「はかばかしくない」は、主に進捗状況に言及する際に使用される言葉で、体調のように状態に関する主語に対してはあまり使用されません。
思わしくない
「思わしくない」は、期待通りでない、望んでいた状態ではない、といった意味の言葉です。
比較的「芳しくない」と同じシーンで使用される言葉ですが、主語に取る言葉によっては使い分けることが望ましいと言われる場合もあります。
「思わしくない」との使い分け
「芳しくない」は、「期待していたよりも状態(状況)が良くない」さまを表し、「思わしくない」は、「思っていたよりも状態(状況)が良くない」さまを表します。
「思わしくない」と「芳しくない」の二つの言葉では、「芳しくない」の方がより良くない状況を表す言葉として用いられることが多いようです。
「芳しくない」は、素晴らしい状態という意味の「芳しい」に打消しが付いた言葉のため、主語が悪い意味を含むものにはあまり使用しない方が良いと言われることもあります。
例えば、「病状が芳しくない」という表現の場合だと、この表現自体は間違いではないのですが、「病状が芳しい」という言葉は不適切であるため、「病状が芳しくない」よりも「病状が思わしくない」の方が適切、ということになります。
「病状」という主語に対して「芳しくない」を使用しても良い、とする風向きもありますが、一定数不適切と考える人がいる以上、似たケースでは「思わしくない」を使用する方が無難と言えるのではないでしょうか。
「芳しくない」の対義語
「芳しくない」は、状態や状況を表現する様々なシーンで使用できる非常に使い勝手の良い言葉の1つです。
その一方で、「芳しい」という言葉は「芳しくない」の対義語として使えるほど幅広い意味を含んでいません。
では、「芳しくない」の対義語として使用される言葉にはどういったものがあるのでしょうか。
好ましい
「好ましい」は、「感覚的に好きである」、「そうあってほしい」、「そうあるべきである」といった意味の言葉です。
「そうあってほしい」や「そうあるべき」など話し手の主観が含まれる肯定の言葉として用いるため、「芳しくない」の対義語としてのニュアンスが強い言葉です。
望ましい
「望ましい」は、「そうあってほしい」、「願わしい」といった意味の言葉です。
「好ましい」と同様、主観を含む肯定の言葉で、「芳しくない」の対義語としてのニュアンスが強い言葉です。
「芳」を用いた熟語
熟語とは、前後の漢字の意味を組み合わせて作られた1つの意味を持った言葉のことを指します。
同様の意味を持つ二語を組み合わせた熟語や、反対の意味を持つ二語を組み合わせた熟語など、その成り立ちは様々です。
「芳」を用いた熟語の多くは、上の字が下の字を説明する組み合わせとなっています。
熟語の意味を分解、理解することで、意味が掴みにくいそれぞれの言葉の理解を深めることにも繋がるため、ここでは「芳」を含んだ代表的な熟語をいくつか紹介します。
「芳」を含んだ熟語は、「芳しい」単体では使用されない肯定的な意味合いで「芳」の字が組み合わされているものがほとんどです。
芳縁(ほうえん)
「芳縁」は、「よい因縁」、「めでたい縁」といった意味の言葉です。
「芳しい」の「好ましいもの」という意味と「縁」という名詞が組み合わされた意味の熟語として用いられます。
芳香(ほうこう)
「芳香」は、「かぐわしい香り」という意味の言葉です。
「芳しい」の「かぐわしい」という意味と「香り」という名詞が組み合わされた意味の熟語として用いられます。
芳名(ほうめい)
「芳名」は、「相手を敬って、その声明をいう語」や「誉のある名」、「良い評判」といった意味で用いられる熟語です。
「芳しい」の「りっぱなものとして認められるさま」という意味と「名」という名詞が組み合わされた意味の熟語です。
芳醇(ほうじゅん)
「芳醇」は、「香りが高く味のよいことやそのさま」を表現した熟語です。
「芳しい」の「かぐわしい」という意味と、「醇」の「まじりけがなく味のこい酒」という名詞が組み合わされた意味の熟語です。
「芳しくない」が利用されるシーン
「芳しくない」は、ビジネスシーンにおいても使いやすい言葉である反面、婉曲的な表現の言葉なため、正しく使えているどうかを慎重に判断したい言葉でもあります。
ビジネスシーン
「芳しくない」は、かしこまった文脈の中で現在の状況が(期待していたよりも)良くないことを表す言葉として、ビジネスシーンにおいてもよく利用されています。
例文
「来週のプレゼン資料の進捗が芳しくありません」
「残念ながら経営状況は芳しくありません」
社内外問わず、違和感のない敬語としてネガティブな状況を伝えられるため、意味を正しく理解している人にとっては、いざという時に頼りになる表現の1つではないでしょうか。
上記と似た表現として、「進捗がはかばかしくない」や「経営状況は思わしくない」などという言い回しも可能です。
前述の「芳しくない」と「思わしくない」の違いなどを意識しながら使い分けてみるのも良いかもしれません。
「芳しくない」は目上の人に使ってよいか
「芳しくない」は、婉曲的な表現でネガティブな状況を伝えられる言葉です。
また、「芳しくない」は「(状況が)悪い」ということを少し柔らかく伝えることができるため、ビジネスシーンでは特によく使われています。
「芳しくありません」と敬語として使用することで聞き手に失礼のない言葉として使うことができるため、目上の人、社外の人に使用しても問題はありません。
むしろ、ただ単純に「悪い」と伝えるよりも、話し手が「ある程度の想定や期待を持っていた状態と比べて(少し)良くない」といった印象で伝えられるため、「芳しくない」は、ビジネスシーンにおいては積極的に使用していきたい言葉の1つです。
体調が優れないとき
「芳しくない」は、現在の状態が(思っていたよりも)良くないことを表現する際にも使用される言葉です。
例文
「本日は体調が芳しくないため遠慮しておきます」
「芳しくない」は、婉曲的な表現のため、「体調が悪い」と直接的に伝えるよりも少しネガティブなイメージを和らげて伝えることが可能です。
「体調が思わしくない」や「体調が万全ではない」などと言い換えられる場合もあります。
天気が良くないとき
体調が優れないときと同様で、天候が(思っていたよりも)良くないときなどに「芳しくない」という表現が使われることもあります。
例文
「今日は天気が芳しくないですね」
「芳しくない」を使うことで、「天気が良ければ良かったのだけど」のように、現在の状態が話し手の期待に反しているというニュアンスが感じられます。
ビジネスシーンに限らず、少しかしこまって話す場などではこういった何気ない会話でも、「芳しくない」はよく使用される言葉の1つです。
「芳しくない」を使わない方がよいシーン
「芳しくない」は、非常に便利な言葉である反面、使わない方がよいシーンもいくつかある注意が必要な言葉でもあります。
これから使っていこうと考えている人や、日常的に使っている人も、念のためこれから紹介する二つのシーンでは使用を控えることをおすすめします。
はっきりとした回答が必要なとき
主にビジネスシーンで発生する「現在の状況を具体的に報告する」ようなシーンでは「芳しくない」はあまり好まれない傾向にあります。
「進捗が芳しくない」という表現が適当な場合は、進捗の把握や報告がまだ抽象的で良いときに限られます。
NG例
上司:「明日の会議資料、今日の夕方までに仕上がりそうですか?」
部下:「進捗は芳しくありません」
上記の場合、「現在の進捗率」や「間に合うのか、間に合わないのか」といった具体的な回答を求められているケースがほとんどです。
このような場合は「芳しくない」と抽象的に返答するのではなく、「進捗率は80%ですが、本日夕方頃には一度お見せできるかと思います」や「あと少しですので本日の退社までには間に合います」といったように具体的な回答を心がけるようにしましょう。
よくないものが主語となる場合
「芳しくない」は、「芳しい」という好ましい状態を表す言葉に否定語を付けた言葉です。
そのため、「〇〇は芳しい」と置き換えた際に不自然でないものにのみ使用すべき、という考え方もあります。
例文
「体調が芳しくない」:体調が思っていたよりも良くない。
「体調が芳しい」:体調が良い。
※こちらはあくまで例えで、通常「芳しい」はこういった使い方はされません。
と、体調という言葉に対してはどちらも意味として不都合はありません。
「病状が芳しくない」:病状が思っていたよりも良くない。
「病状が芳しい」:病状が良い。
と、病状という言葉に対して使用すると意味合いが変わってきてしまいます。
また、「病状が芳しくない」という表現も、「病状が(期待していたよりも)良くない」という表現となり、病状というネガティブな言葉に対して少し違和感がある表現となります。
「病状が芳しくない」を誤用ではないとする解説などもあるため、必ずしも使用してはいけないという訳ではありません。
あくまで「こう考える人も一定数いる」という程度ではあるため、気にならない人は知識として頭の片隅に留めておく程度で良いかもしれません。
「芳しくない」の英語表現
「芳しくない」は、少し回りくどい表現の非常に日本語らしい言葉と言えます。
それでは、日本語以外、たとえば多くの国で公用語とされている英語で、「芳しくない」に似た表現をすることは可能なのでしょうか。
unsavory
「unsavory」は「savory」という形容詞に否定の接頭語である「un」が付いた英語です。
「savory」自体は「味(香り)のよい」といった意味で用いられる英語ですが、否定の「un」が付くことで「(道徳的に)かんばしくない」や「いやな味(におい)がする」と幅広い意味を持つ言葉になります。
この否定語の有無で意味の幅が変わってくるあたりは「芳しい」と「芳しくない」の関係にも近いため、「芳しい」の英訳として「unsavory」は適当となる場合が多いようです。
例文
英語:「The weather is unsavory today.」
日本語:「今日は天気が芳しくありません。」
unfavorable
「unfavorable」は「unsavory」同様、肯定の意味を持つ言葉に否定の接頭語「un」が付いた英語です。
「favorable」には、「好意がある」「賛成する」「順調な」といったような意味があり、「unfavorable」は「不利」「疎ましい」「芳しくない」などと訳されることが多い言葉です。
例文
英語:「The progress of this project is unfavorable.」
日本語:「この案件の進捗は芳しくありません。」
まとめ
今回は、ビジネスシーンから日常会話まで幅広く使用されている「芳しくない」について解説しました。
「芳しくない」は、少しかしこまった場所や相手に使用することが多い言葉とあって、正しく理解しておきたいと考える人も多いのではないでしょうか。
今回紹介した「思わしくない」や「好ましくない」といった類義語との使い分けや、使わない方が無難なシーンなどを正しく理解することで、誤用を恐れず日常的に使えるようになるはずです。
今まであまり使用したことがなかった人も、これからは積極的に使ってみてはいかがでしょうか。
参考サイト
『広辞苑 第六版』岩波書店
『明鏡国語辞典 第二版』大修館書店