夫の浮気相手は親友、そのとき妻は~小説・妻たちの千夜一夜物語~
2019/08/10
「恋人・夫婦仲相談所」所長として、長年夫婦関係の悩みやトラブル解決と向き合ってきた三松真由美さん。本連載では、三松さんが相談・取材を通じて知ったさまざまな“夫婦のカタチ”を、“妻たち”の視点から小説にしてお届けします。
今回のテーマは「夫の浮気」。ある日突然発覚した、夫の浮気。しかもその相手が自分の親友だったら…妻はどうするべきなのでしょうか。
小説・妻たちの千夜一夜物語~第四夜~
わたしの名前は澄川紗里那。夫と娘が2人いますが、下の子が高校に入ると同時に自宅でネイルサロンを開きました。サロン名は“マーメイド”。看板を出さずにリビングでこぢんまり行っています。そのせいか、訪れるかたがたはネイル中に、ポツンポツンとたわいない話をしてくれます。
お子さんの悩み、旦那さんの愚痴……そして、ここでしか言えない内緒の話。そんなお話を毎日毎日聞いていると、ふっとアラビアンナイトを思い出します。妻が千人いれば、妻の数だけ秘め事がある。こっそりとひとつずつお話しましょうか。
多枝・44歳:夫の浮気相手は、親友だった…
朝、ベランダに出ると風がなく、空気が淀んでジメリとしていました。私の気持ちがざわついていたから、そう感じたのかもしれません。今日の16時、芳恵さんの大学時代の同級生、多枝さんからネイル施術の予約が入ったのです。一昨日、予約メールが来たときには驚きました。「新田芳恵さんの紹介です。予約したいのですがいつがあいていますか。石井多枝」
あの肌寒い日にペディキュアを塗った芳恵さんの恋のお相手――耕助さんの奥さんです。
「もしかして、私に探りを入れるため?」と考え、芳恵さんに電話しようと思いましたが、芳恵さんが話のついでにネイルサロンを紹介したから予約をしただけかもしれませんし、多枝さんが何も知らなかった場合、ムダにコトを荒立てる可能性もあります。けっきょく私は深く考えないことにしました。
16時5分前、多枝さんがうちにやってきました。玄関にたたずむ多枝さんを見て「気づいている」とはっきりわかりました。ギョロリとした目は何かを探ろうとしていて、視線が定まっていない。無造作にまとめた髪の毛には白髪がまざり艶はなく、乾燥している。食事を何日か抜いたのでしょうか。くすんだ肌の色。骨ばった顎のライン。化粧っ気はありません。
ネイルサロンを訪れるのにこんな殺気立った顔つきで来るかたはいません。
「はじめまして。澄川紗里那です。今日はご予約ありがとうございます。ご覧のとおり自宅でサロンをやっているので、おうちにいるときみたいにリラックスして大丈夫ですよ」
私は無難な挨拶で乗り切ろうとしました。
「芳恵から聞きました。とてもきれいな爪にしてくれるって。私みたいなおばさんでも若返れるかしら」
「そんな、おばさんなんて……でも、きれいな色を使うと気分もあがりますから、きっと若返ったような気持ちになりますよ」
ソファに座ってもらい、蒸しタオルで多枝さんの手をあたためようとしたとき、手の甲に血管が浮かび上がっていると気づきました。ストレスで食べることができないのかもしれない。わたしの頭の中には芳恵さんの顔がちらつき、どう対応したらいいのか不安でいっぱいになりました。
「どんなデザインにしましょうか」
すると多枝さんは、低く地に響くような声で答えました。
「芳恵といっしょの色」
一瞬、身震いしました。どうしよう、どう切り抜ければいいのか。ここは、知らぬ存ぜぬで通すしかありません。
「あ、あ、あの……多枝さんには明るめのカラーがいいかなと。淡いピンク。マーブルにして小さなラメを乗せましょう。デザインはおまかせください」
私は目を合わせぬよう、無言で塗り始めました。ネイルの仕事中に顔が引きつることなんてそうありません。
「紗里那さん、知ってるんでしょ。あなたは共犯じゃないから隠さなくていいの。教えてほしいの。いつから始まったのか。本気なのか。知ってること全部教えて」
施術の手が止まりました。大ピンチ。私は、袋小路に追い込まれた子犬の気分になりました。
親友が見せた表情に違和感を抱いて…
「うちの夫と芳恵が怪しいと気づいたのはひと月前」
唇をあまり動かさず、絞り出すような声で多枝さんは話し始めます。
「叔母が遊びに来るからおいしい和菓子を用意しようと思って、芳恵に連絡したの。宅配便で送ってもらえばいいかなって。そしたら芳恵が自分で届けるって言い出した。車だとそれほど時間かからないからって。気を遣わない友達だからもちろん甘えたわ。平日の夕方届けに来てくれたの。お茶飲んでってってリビングにとおしたの」
多枝さんの表情がけわしくなってきました。
「そのとき、ソファにうちの夫の上着が置かれていたのよ。脱ぎっぱなしでね。私がお茶を淹れているあいだに、芳恵がそれをきちんと畳んだの。カウンターキッチンだから、様子が丸見え。芳恵、微笑んでたの。なんだか違和感があった。女の勘って危険を察知するんだって初めてわかった」
私は恐ろしい場面を想像しました。
「その日の芳恵との話題にも、うちの夫のことが何度も出てきた。犬の散歩をさせるのは耕助さんなのか私なのかとか、耕助さんは卵焼きが好きかとか、どうでもいいことを聞いてくる。うちは子どもがいないから2人きりの時間が多くて幸せねって言われたとき…ピンときた。芳恵とうちの夫は内緒で会ってる。芳恵はね、意味深な含み声で言ったのよ。『幸せでうらやましい』って」
「そんな…実際に2人が会ってるところ見たんですか」
そう言うしかありません。言葉を選ぶ余裕も何もあったもんじゃないです。
「夫の持ち物をくまなくチェックしたの。営業に持ってくカバン。財布。システム手帳。食品会社に務めてるんだけど、会社の仲間と飲んだ日は高いびきで熟睡してるから、夜中になんでも調べられる。そしたら、出てきた」
思わず施術の手が止まり、耳の後ろに脂汗が滲んできました。
「何が?」
「芳恵の店のお菓子の包み紙」
心臓をグっと握られたみたいに苦しくなりました。芳恵さんのおたくはお菓子屋。デートのとき、おやつにしようとばらのスイーツを持って行ってもおかしくありません。
「そのあと、電車のICカード乗車券をこっそり持ち出して、利用履歴を確認したら、営業先じゃない駅に何度か降りてるの。会社と、芳恵が住んでる駅の真ん中の駅。でも、まだ何も言ってない。気持ちが整理できないから。私たちは子どもをつくらない生活を選んだの。正直、寂しさはあるけど、いつも新婚気分で過ごせているし、愛犬といっしょにみんなでうまくやってきたつもり。喧嘩もしたことない。栃木に住んでるうちの親のことも大事にしてくれて、よくいっしょに実家に行ってくれる、申し分ない夫よ。いったい、何が悪かったの?私のどこがいけなかったの?」
多枝さんは、私にではなく自分に問いかけているようでした。肩を震わせて大粒の涙をこぼす多枝さんを見て、私はとまどいました。
「今日はネイルをやめてハンドマッサージしましょう。サービスです。ローズの香りのオイルあるんです。落ち着きますよ」
私の夫を寝取るなんて許せない!
私はネイルの施術をやめて多枝さんの腕と手にオイルをつけ、やさしく撫でてあげました。しばらくすると落ち着いてきたのか多枝さんは、再び語り始めました。
「ごめんなさい。苦しくて苦しくて、誰かに話したいのに話す相手がいなくて。だって、なんでも話せる友だちって言えば、芳恵だったんだから。裏切られた。彼女は魔女よ。夫に魔術をかけたに違いないわ」
芳恵さんはお得意さんなだけに、うなずくこともできません。固まってしまいました。
「ねえ、私より芳恵のほうがきれい?若く見える?会話がおもしろい?芳恵のどこに魅力があるの?いつも地味な色の服着て、靴下2枚重ねしてるし、髪だってたまに跳ねてるときがあるじゃない。話だって周囲5mの話題しかないでしょ。それに昔から服やメイクに興味がなかったのよ。私のほうがずっとセンスいいと思ってた」
確かに、やつれては見えますが、多枝さんの服はファッション誌に出てくる少しお高めのブランドです。私だったらセールにならないと手を出しません。3割引きだったら買うかな、というブランドです。ポイ活に精を出す主婦には高嶺の花。バッグはシックな黒ですが、決してプチプラバッグではありません。光沢があります。今は泣き疲れてノーメイクで肌がくすんでいますが、いつもなら素敵な奥さんだと思います。
「芳恵が私を裏切ったことが辛いのか、夫が私を裏切ったことが辛いのか、ごっちゃになって胸が苦しかった。誰が悪い?芳恵は子どももいて、店の仕事を手伝ってて充実してるはず。なのに私の夫を寝取るなんて許せない!」
語気が強まりました。般若の顔…まともに般若の絵なんて見たことないですけど、怖いお面がボーッと浮かびました。多枝さんには怒りでまわりの景色が歪んで映っているかもしれません。
「夫だって、家ではニコニコしてたけど、実際には不満があったってことでしょう。じゃあ、言えばいいじゃない!私の何が悪いのか、どこを直せばいいのか」
そういう問題ではないかもしれない。私はフッとそう感じました。うちのサロン“マーメイド”では数多くの秘密の恋の話を聞きますが、男の人は妻が悪いからほかの女性になびくというものではないような気がしてきました。
芳恵さんだって、失礼かもしれないけれどたしかに外見はちょっと太めで地味なファッション。普通の主婦です。ピョンと跳ねた髪の毛でメイクもせず自転車で、1円でも安く買うためにスーパーのハシゴをしています。
男の人は女優さんみたいにきれいなひとに誘われたらクラっとするかと思ってたけれど、浮気予備軍の女性がたは必ずしもそうではありません。男の人は単純だって聞きますが、浮気に関しては、計り知れない気持ちの揺らぎがあるのでは、そんな気がします。だから多枝さんの問いに答えることができません。
「夫とね、ときどき1泊旅行に行くの。実家の近くは観光地だから。犬がいるからペット連れでも大丈夫なペンション。緑の中で愛犬を連れて散歩しながら夫の仕事の話をしたり、夜はおいしい山菜たっぷりのゴハン食べたりして、夫はハイボール私は日本酒を一杯ずつ飲む。私達はずっといっしょにこのまま年を取ってゆくもんだって確信してた。夫が浮気するなんて疑ったことなんか一度もない。油断しすぎたってこと?紗里那さん、どう思う?なんで芳恵に取られたの?」
私は何も言えません。助言なんてできません。
「芳恵からは夫婦関係がうまく行ってないなんて聞いたことはないわ。『子どもの手が離れたから、うちも夫婦で温泉旅行したい』って言ってたし。もしかして姑さんと同居してるからその不満があったのかな…芳恵がモヤモヤしてるときにうちでゼミの同窓会をしたから、夫を奪ってやろうと思ったとか?」
「芳恵さんは、奪おうなんて思うようなかたではないと思いますが」
あまりに多枝さんの妄想がドス黒いほうに広がってきたので、私はつい芳恵さんを庇うような言葉を吐いてしまいました。
「どういうこと?じゃあ、やっぱり私が悪いってこと?耕助さんの理想の妻じゃないから?」
「多枝さん、浮気の原因をいくら想像しても、解決が早まるわけじゃないです。今日はやるせないお気持ちを私に話してすっきりしてください。まずは多枝さんの気持ちが落ち着かないと、怒り沸騰のままでは事態はおさまりません」
わたしは強めに腕のツボを押しました。
浮気相手と自分を比べても意味はない
「痛いっ…そうね。ごめんなさい。突然予約してびっくりしたでしょ。どうしても芳恵のことを知ってる人に話したかったの。私と芳恵、比べてみて何が劣っているか教えてほしかった」
多枝さんは、目線を下に落として力なくつぶやきました。
「比べて、劣っているところを見つけても、それが原因じゃないですよ。比べることに意味はないですよ」
「今は芳恵の家に怒鳴り込みに行きたいくらい腹が立ってるけど、夫と芳恵どっちが悪いなんて比べるのもおかしな話よね…紗里那さん、ハンドマッサージありがとう。今日はネイルを塗らずに帰るわ。夫とちゃんと話してみる。まだちゃんと追求してないの。この1カ月、疑心暗鬼になって疑うようなことばかり言ってただけで…真実を聞くのが怖かったから。もちろん、芳恵の家に怒鳴り込むのもやめる。修羅場を子どもに見せちゃいけないもんね」
私は胸を撫で下ろしました。芳恵さんの味方をするわけではないですが、怒鳴り込みはふたつの家族を傷つけるから。般若のように見えた顔は落ち着きを取り戻しました。
「そうだ、おいしいブランデーケーキあるんです!召し上がりません?アイスティーもあるんです。うちの冷蔵庫の常備品。カフェも併設しようかな、なんて考えているんです」
私はちょっと無理して笑いました。ケーキをじっと見つめて、多枝さんは一口頬張りました。涙がまた滲み始めます。
「しばらくスイーツは食べないって決めたけど、やっぱりケーキはおいしい。甘くて、なんだか和む。今日、夫にケーキ買って帰る…夫、甘党なの」
多枝さんは、来たときよりすっきりした顔で玄関のドアを開けました。ケーキを挟んで、旦那さんといい話し合いができますように。ケーキ、がんばれ。私はわけもなくケーキにエールを送りました。
三松真由美の解説:夫の浮気疑惑、妻がやってはいけないこととは?
浮気は絶対NOです。それは、みんなわかっているはずなのですが、残念ながらなくなることはありません。では、もしも自分の夫に対して疑惑が湧いたとき、妻はどう対応すればよいのでしょうか?
まず、絶対にやってはいけないことが、「決定的な証拠がない状態で、いきなり怒る」こと。たとえば、夫のケータイに女性からハートマーク入りのメールが届いているのを発見したとしても、それだけでは証拠として弱い。もしかすると、職場の女性社員が冗談で送ったものかもしれません。そこはしっかり確かめてから対応を考えることが必要です。
また、夫の浮気疑惑で怒り心頭な女性のかたがたに、まず私がアドバイスすることは「あなたはどこからが浮気と思う?」という浮気の定義の線引きです。ここまでなら浮気だ!という線は、じつは人によってまったく違うのです。
たとえば、「2人で飲みに行って、後輩の相談を聞いただけ」というケース。妻によっては「飲みに行くくらいOKでしょ」と言います。「飲んだ後、ノリで手をつないだりハグしたりは私もよくするから浮気ではない」と話す妻もいます。まず、自分の中で許容できるラインを引く。妻自身の浮気の定義を固めておくと話し合いがスムーズです。たとえば、以下のように段階的に分けて、浮気のラインを明確にしてみるのもおすすめです。
浮気疑惑アクションリスト7
・2人きりで飲みに行く
・腰に手をまわす
・手をつなぐ
・抱き合う
・軽いキス
・深いキス
・ホテルに行く
浮気の基準について、お互いに認識できていないと話し合いにはなりません。もしあなたが『「手つなぎ」までは許す』と決めたのであれば、その段階の疑惑では決して怒ってはいけません。
では、もし浮気疑惑のラインを越えたらどうするべきか。そのときは、夫がその疑惑の相手とどこに着地したいのか?離婚を考えるほど相手を愛しているか?など、夫に対して「相手との未来予想」「妻との未来予想」をしてもらいましょう。これからの人生をともにしようと思わない相手との未来予想は語ることができません。そのうえで、「妻自身の悪かった点」を教えてもらってください。これは胸が痛いですが、マストです。妻側の反省点もあるはずですから。
筆者の考えとしては、浮気と離婚はセットではありません。雨降って地固まる夫婦もたくさん見ています。自分ならどう対応するか、方針を固めておけば、いざというとき強くなれます。
◆監修・執筆/三松 真由美
会員数1万3,000名を超えるコミュニティサイト「恋人・夫婦仲相談所」所長として、テレビ、ラジオ、新聞、Webなど多数のメディアに出演、執筆。夫婦仲の改善方法や、セックスレス問題などに関する情報を発信している。『堂々再婚』『モンスターワイフ』など著書多数。