料理ベタで義父をイライラさせていた新米主婦が、 義父をアシスタントにして人気料理家になるまで

2023/03/13

見せてもらうのは「棚」と「引き出し」と「冷蔵庫」の中。今回は料理研究家の小林まさみさんと、その義父でありアシスタントをつとめる小林まさるさんのお宅にお邪魔しました。全3回の連載です。

料理研究家。身近な食材で作る手軽でしゃれた料理で大人気。豆腐が大好きで「一年中豆腐は欠かしません!」。

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PROFILE
料理研究家
小林まさみさん
instagram @kobayashimasami.masaru

家族構成:夫、義父、ラブラドールレトリバーのヴァトン
住まい:東京都在住。撮影スタジオを兼ねた戸建て
略歴:
結婚後に調理師学校に通い、テレビのフードコーディネーターなどを経て料理研究家に。身近な材料を使ったつくりやすい料理に定評があり、雑誌『サンキュ!』をはじめ、日本テレビ「キユーピー3分クッキング」の講師を務めるなど多方面で活躍。義父・まさるがアシスタントを務めることでも話題に。近著に『小鍋仕立ての絶品鍋』(成美堂出版)がある

料理を教えてくれたお母さまから譲り受けたオスターライザーのミキサー。20年以上前のものですが、今も現役

結婚当初は要領が悪すぎて夕食づくりに2時間半かかりました

料理研究家として雑誌やテレビ出演や料理本出版など、いそがしい毎日を送る小林まさみさん。その傍らでテキパキとアシスタント業をこなす89歳の小林まさるさんは義理の父。二人そろってTV番組に出演するほどの人気コンビです。
 
「25歳で結婚し、義父との同居が始まりました。結婚前にあわてて母親に料理を習ったりはしたものの、結婚当初は料理が本当に苦手で」

まさみさんは当時会社員。終業30分前くらいに何をつくろうか考え、帰りにスーパーに寄って買い物をする。家に帰ってから夕食をつくるのに2時間半かかり、できるのはいつも20時すぎだったそう。

「お義父さんはテレビを見て待っててくれましたが、圧がすごかったです。イライラしてるのが背中越しに伝わりました(笑)」。

夫も義父もおいしいものが大好き。もっと料理の腕を磨きたい!そう思ったものの、料理教室に行くのを避けてしまったのには過去の苦い経験があったそう。

「以前友人といっしょに、バレンタインの料理教室に行ったことがあって。でもそこは調理のデモンストレーションを見せてくれるだけのところで、自分たちでやれたのは最後の飾りつけだけ。これでは自分は上手になれないと思っちゃったんです」

手に職がつくうえに、家のごはんがおいしくなるならいいじゃない?仕事を辞めて、料理家を目指して調理師学校へ

そして、まさみさんが選んだのは調理師学校でした。

「結婚して4カ月くらいたって、仕事をやめて学校に通うことを決めました。料理できないのに、料理家になろうと思っちゃって(笑)。自分の家のごはんもおいしくなるし、手に職が就いてお金も稼げるならいいなって。夫も義父も反対したそうですが、私は記憶にないんです」。

現在自宅で料理教室を開催することもある。調理台の棚の中にはボウルやざるなど教室で使用するアイテムがずらり。「デモンストレーションだけじゃなくて、みなさんに作業していただくのでたくさんそろえています」大きさごとに、ざっくり重ねて収納。

やると決めたら行動あるのみ!人生で1番勉強した調理師学校時代

料理の道に進むことを決めたまさみさん。夢に向かって、精力的に動いたといいます。

「当時買っていたファッション誌に料理ページがあって、すごく華やかで素敵だったんです。休みの日はそのレシピをつくって、おいしくできたのも楽しくて。そのページを担当していた料理家のかたに直談判して、料理を教えていただくことに」

その行動力は、反対していた義父のまさるさんも認めずにはいられないほど。「まさみちゃんには度胸がある」とまさるさんは言います。

あこがれていた料理ページのアシスタントをさせていただく機会も手に入れ、料理家になりたい気持ちはさらに強まりました。

「調理師学校時代は人生で一番勉強しました。寝る時間もいらなかったくらい。学費も払っていたし、もう若くはないから今やらなきゃと必死でした。夫もお義父さんもよく許してくれたなあと思いますね」。

アシスタント仕事の合間には、料理教室もスタート。
「生徒さんのつくりたいものを聞いて、試作をして、レシピを考えて。大変だったけど、これが料理研究家になるうえでとても役立ちました」


アンティークの食器棚には、結婚当初から集めたお気に入りの食器が。一目ぼれで購入した古伊万里のお皿が、鑑定番組で話題になったことも

仕事がなくても、今できることを考える。いそがしくなったとき、助けてくれたのが義父だった

テレビのフードコーディネーターのアシスタントを始めてみたものの、なかなか仕事がもらえない日々。それでも「今、自分にやれることはなにか」を常に考えていたといいます。

「ひまだったので、番組を録画しては見返して。こういう動きをすればいいのか!と、ひたすら研究しましたね」。

その努力の甲斐もあって、仕事は徐々に増えていったまさみさん。平野レミさんのアシスタントを努めるようになり、出演番組の現場をまかせてもらえるほどに。

そんなあるとき「餃子を100個仕込まなきゃいけない仕事があって。お義父さんに仕込みの手伝いをお願いしたんです」。
まさるさんの動きのよさに、これはデキる!と思ったそう。それからはときどきアシスタントとして現場も手伝ってもらうように。

「最初は恥ずかしかったですよ。義理の父親連れて行くわけだし、この人本気で仕事やる気ある?って思われそうで(笑)。でも機転もきくし、すぐに現場になじめる人。もともと料理やお皿洗いをずっとやっていたので、助かりましたね」。

まさみさんが炊飯器を開けると、まさるさんがお櫃をさっと用意。阿吽の呼吸で、料理ができていく。

義父と二人三脚で歩んできた料理家人生。 歳を重ねて、まだまだ学べることがある

料理の道を志して8年後にはまさみさん念願だったレシピ本の出版も決まり、いそがしさはピークに。まさるさんも本格的にアシスタントとしての仕事が始動します。異色のコンビは徐々に話題に。

「お義父さんが隣にいるから『だれこの人?』で覚えてもらえたことは大きかったですね。撮影も、お義父さんがいるとなごやかです。今年90歳になりますが、買い物にも1人で行ってくれるし、アイロンや掃除もこなしてくれます。仕事があることでぼけないし、健康!ありがたいです」。

自身も50代に突入し、今後を考えていくうちにちょっとした心の変化も。

「6年前から料理教室を再開しました。20代30代が多いかなと思ったら、同世代の人もたくさん来てくださって。若い人向けの料理を考えなくてはと悩んでいましたが、今の私が伝えたい料理をすればいいんだと吹っ切れました」

たくさんの活躍の場を持っているまさみさんですが、つくってくれる人と直接向き合う教室からは、また新たな発見があるようです。

「皆さんがどういうことが苦手なのかもわかる料理教室は、私にとっても学びの場です」

撮影/大森忠明 取材・文/草野舞友

 
 

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