ずっと夢だった美大に進学し、54歳で美大生になった人がいます。閉経したらリセット願望がふつふつ、公務員を早期退職し54歳でパートを始めた人もいます。人生を満喫する2人の暮らしをご紹介します。

- 今死んだら何を後悔するだろう?そうだ。美大に行こう
- 【学ぶこと】下の子の大学進学と自分の更年期がきっかけで美大進学を決意
- 【家族のこと】学生だから朝から夕方遅くまで外出。家事を120パーセントやるのも手放したら、息子も夫も意外と“できる”
- 【仕事のこと】がむしゃらに仕事をするのは40代で終わり。これからは長くいつまでも書くのが目標
今死んだら何を後悔するだろう?そうだ。美大に行こう
<教えてくれた人>
おぐらなおみさん live in東京 age55歳
夫(56歳)、長男(22歳)、猫の二位(にい・18歳)、園(えん・14歳)と暮らす。長女(28歳)は独立。仕事はまんが家・イラストレーター。Instagram@ogura.naomiで美大で制作した作品やエピソードを発信。『ワーママは今日も崖っぷち。』を連載中。
子どもの頃から絵を描くのが好きだったと話すおぐらさん。「でも私には美大に行くほど特別なセンスや才能はないと思って普通の大学に進学しました」。30代でまんが家デビューし、40代は仕事量も収入もピークに。それでも美大で学びたいという思いは消えないどころか、年を重ねるごとに募るばかり。
50代になると仕事が減り、心身も大きくゆらぎます。「更年期でものすごい動悸とか滝のような汗といった不調に襲われて。自分も年をとり、いずれ死ぬことをリアルに理解したんです。『もし今死んだら?そのとき後悔したくない。美大進学の夢を実行に移そう』という思いが湧いてきました」。そこから画塾に通ってデッサンを学び直し、受験。54歳で美大生になりました。
「美術の得意な人が集まって、みんなで美術の勉強していることがすごく新鮮。授業も図書館も充実して『さあどうぞ美術を学んでください!』という環境に身を置き、知識やできることが増えていく。こんな体験、人生初めて。思うように課題をこなせずくじけそうになることもあるけれど、学生生活が楽しくて仕方ないです」。
●Life story
1992年 23歳で印刷会社に就職。DTPオペレーションを担当
1995年 26歳で結婚退職し、専業主婦に
1996年 27歳で長女出産。ワンオペ育児の合間を縫って子育てまんがを描き始める
2002年 33歳で長男出産。ブログに投稿した子育ての日常が編集者の目に触れ、「こどもちゃれんじ」の保護者向け冊子に連載を始める
2009年ごろ 40歳ごろにまんがの原稿料が普通のサラリーマンの収入くらいになる
2018年 49歳のときに雑誌の休刊が相次ぎ、仕事が減る。更年期と子どもの受験が重なり、心身の調子が悪くなる
2022年 53歳で美大進学を決意。社会人選抜入試を受けて合格
2023年 54歳で女子美術大学短期大学部(二年制)に入学
2025年 55歳で美大卒業後、専攻科進学を決める
【学ぶこと】下の子の大学進学と自分の更年期がきっかけで美大進学を決意
「息子が大学生になりべんとう作りは卒業。夫と息子に朝夕の食事を用意しなくても、自力でなんとかしてくれる。これなら大学に通えるかも?と」。前は遠くにあった死を更年期の不調で初めて意識したことも後押しになった。
●学費を自分で払ってるから絶対元を取る!
「習い事を楽しむのではなく、自分を追い込んで真剣に学びたくて美大を選びました。学費は2年間で約300万円。1時間の授業で約3000円も払っている計算になるから、本気です。吸収できることは全部身につけて卒業します」。
【家族のこと】学生だから朝から夕方遅くまで外出。家事を120パーセントやるのも手放したら、息子も夫も意外と“できる”
「まんが家だから前はずっと家にいて、家事=私の仕事と思っていました。でも家族を頼ったら、長男は私よりトイレ掃除がうまいし、夫も適当にご飯を作って食べている。ウチの家族は何もできないって、私の思い込みだったんですね」。
【仕事のこと】がむしゃらに仕事をするのは40代で終わり。これからは長くいつまでも書くのが目標
30代でまんが家になる夢をかなえ、40代は依頼を断らず必死に描いてきたと話すおぐらさん。「50代は今専攻している木版画の制作とまんがの執筆、両方を楽しみたい。同世代のまんが家の伊藤理佐さん・益田ミリさん・野原広子さんのお三方のように、フレッシュな作品を長く産み出し続けるのが理想です」。
撮影/小田垣吉則 撮影協力/女子美術大学短期大学部
閉経したらリセット願望がふつふつ。公務員を早期退職し、パートを始めた
<教えてくれた人>
ぴっこさん live in長野 age55歳
夫(62歳)と暮らす。長男(26歳)は独立し、大学生の二男(22歳)は一人暮らし。仕事は週3日、おべんとう屋さんパートのほか、前職の経験をいかしてセミナー運営などの単発バイトを掛け持ちしている。
27歳で結婚して夫の実家に入り、出産後も学校事務の仕事を続けたぴっこさん。「世間のイメージより学校事務の仕事はハード。成果を上げたい気持ちも強かったから、朝6時台に家を出て夜まで必死で働きました」。
ところが53歳で閉経したとたん、ぴたっと勤労意欲が消滅。「仕事ばかりしてる私でいいの?」という迷いが頭から消えず、翌年の3月に早期退職しました。「34年も続けた、組織に属してフルタイムで働く仕事を潔く手放せたのは、昔から好きな断捨離(R)提唱者のやましたひでこさんの影響も大きいです。私も50代の自分に不要な物やことを手放してシンプルに生きようと決めました」。
退職後はおべんとう屋さんで週3日9~13時の短時間パートをスタート。「レジに立って顔なじみのお客さんとたわいもない話をするのって、思いのほか楽しい」と朗らかに笑います。月曜日はヨガのレッスン。火~木曜日はパートで働き、金~日曜日は家を片づけたり夫と映画を観たりして自由に過ごす。心も体ものびのびと、人生を満喫しています。
●Life story
1970年 長野で生まれる
1990年 短大卒業後、公立小・中学校の事務員になる
1996年 26歳のときに最愛の母が48歳で急逝。悲しみで心身のバランスを崩す
1997年 27歳で結婚し、義理の両親との同居を始める
1998年 28歳で長男を出産してまもなく父のがんがわかる。退職が頭をよぎるが10年は頑張ると決める
2001年 31歳からゴスペルを習い始め、母を亡くした悲しみが癒える
2002年 32歳のときに「NHKのど自慢」に出演し、童謡を歌う(鐘は2つ)。二男出産。嫁・母・学校事務員として必死に頑張る
2014年 44歳のときに義父が認知症になり、仕事と並行して在宅介護がスタート
2016年 46歳のときに長男が大学入学。仕事にまい進
2022年 52歳のときに二男が大学進学のため家を出る。「空の巣症候群」と更年期で激しく落ち込む。義父が介護施設に入所。義母の認知症が進む
2023年 53歳で閉経したら勤労意欲がなくなる
2024年 54歳で早期退職。3カ月後にパートを開始
【趣味のこと】好きなことを楽しめる時間は残り何年?心躍ることは今のうちにどんどんやろう
48歳の若さで母が亡くなり、人生いつ終わるかわからないと思い知らされたことも早期退職の動機。「だから楽しみは先延ばしにしません。今夢中なのは、去年初めて観た宝塚。花組の公演が圧巻で……今年も観に行きます。推し活がこんなに楽しいとは!」。
【お金のこと】「未来の私のために」と入っていた個人年金がお金の不安を軽くしてくれた
30代半ばに老後資金にしようと月5万円を15年間受け取れる個人年金に加入。「満額ではないものの退職金も出るから、ぜいたくしなければ早期退職で収入が途絶えても暮らせる目算がたちました」。
【夫婦関係のこと】映画にバスケ、野球。一緒に見に行くと、無口な夫がちょっとおしゃべりになる
夫は昭和な男であまり話さないけれど、何かを一緒に見るといつもより話が弾むことに気づいた。「共働きで子育てをした二十年間は2人で行動することはほぼなかったから新鮮。え、こういう人だったんだ!と今さらながらの発見が多いです」。
【仕事のこと】おべんとう屋さんのパートで発見したのは、和気あいあいと働く楽しさ
前職の学校事務では責任ある仕事に誇りとやりがいを感じ、成果を追求。「40代までの私にはそれが重要でした。でも今は気のいいスタッフと助け合い、お客さんとたわいない世間話をしながら働く日々。上昇志向とは別の世界が今の私には心地いい」。
参照:『サンキュ!』2025年4月号「シンプルで満ち足りた“50代の暮らし”」より。掲載している情報は2025年2月現在のものです。取材・文/神坐陽子 編集/サンキュ!編集部